研究活動紹介
パーキンソン病患者のすくみ足と関連する呼吸応答の可視化
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名前 | 石井 光昭(保健医療技術学部 理学療法学科) |
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科研費種別 | 基盤研究C |
研究課題 | パーキンソン病患者におけるすくみ足への情動の関与を可視化する新しい評価方法の開発 |
研究期間 | 2018 〜 2020 |
研究目的
すくみ足に情動が関与することはよく知られている。すくみ足を有する患者では、動作の自動性が低下しており、これを代償するために注意機能に依存している。心理的ストレスの加わる状況では、情動からの刺激入力を処理するために注意資源を使用している。これは,歩行中に、注意資源を辺縁系と運動系の両方で競合することを意味し、注意機能への過負荷がすくみ足に繋がる。
本研究では、実際の生活場面におけるすくみ足の予防と克服に繋がるように、心理面の影響を考慮した「すくみ足の新たな評価方法」を開発するために、すくみ足と関連した情動を反映する呼吸応答を可視化できるかどうかを、ウェアラブルセンサーを用いて検討することを目的とした。
研究内容
(1) 測定機器・測定項目
測定機器はウェアラブル呼吸・加速度センサーHexoskin® wearable vest (Carre Technologies Inc, Canada)を使用した。呼吸反応はrespiratory inductance plethysmographyを用いて胸部呼吸運動、腹部呼吸運動を測定した。併せて、歩行分析システムWalk-Mate Viewer (Walk Mate Lab, Tokyo, Japan) を使用して、すくみ足を定量的に評価した。
(2) 測定場面
測定場面は、過去のすくみ足の経験状況の聴取ならびに我々の先行研究を基に、自動回転ドアの通過とした。
研究成果
結果
すくみ足のない歩行中の呼吸パターンは規則的であったが、すくみ足を呈した場合は、すくんでいる最中だけでなく、その直前にも呼吸パターンの変化が生じた(図1)。呼吸異常は、短時間の高肺気量位での無呼吸として特徴付けられた。すくみ足から脱却する前には深呼気がみられた(図2)。

図1 すくみ足に関連する呼吸応答

図2 すくみ足から脱却する前の深呼吸
すくみ足は、すくみ指数の増加、ストライド長の減少、ストライド時間の変動係数の増加、重心の左右動揺の減少、両脚支持時間の増加として客観的に同定することができた(図3)。

図3 歩行分析システムWalk-Mate Viewerによるすくみ足の解析
考察
- 今回、すくみ足と関連した呼吸応答を可視化することができた。この呼吸変化は、先行する心理的ストレスへの反応の可能性がある。なぜなら、不安感や焦燥が想定される状況下で顕著になり、またすくみ足の最中だけでなく直前に生じているためである。普遍的な結論とするためには、サンプリング数を増やしてさらなる検討をする必要があるが、「生活で経験する一部のすくみ足には、情動に関連する呼吸の変化を伴う可能性がある」という仮説を裏付ける知見が得られた。
- 心拍数、皮膚抵抗とすくみ足の関係を論じた報告はある。しかし、情動による反応は、心拍数などの自律神経を介するものより呼吸の反応のほうが早いと考えられている。したがって、呼吸反応を捉えることは、臨床ですくみ足への情動の関与をより早く把握する有用な生理学的指標である可能性があり、今回、すくみ足と呼吸の関連を示したことは臨床的な意義がある。
- 不安に関連した扁桃体の活動の増加は呼吸数の増加を招く。しかし、本研究では、すくみ足に関連した呼吸反応は、頻呼吸ではなく無呼吸であった。したがって、その病態生理は不明であるが、情動刺激は、瞬間的な呼吸の自動的なコントロールの障害を招いた可能性がある。辺縁系の過負荷は、基底核の抑制出力を増加させ、結果として瞬間的な脳幹呼吸中枢の抑制を生じることが推察される。
- 本研究では、すくみ足から解放直前には、大きな呼気が観察された。この歩行再開前の深い呼気は、高肺気量位で保持されている状態から解放するための、呼吸の意識的なコントロールであり、結果として、辺縁系への過負荷をリセットしていると推察された。これは、すくみ足から脱却するための戦略として行われている可能性がある。すくみの最中に伴っていた呼吸変化が、歩行再開直前には回復していることは、すくみからの脱却には情動の安定を要することの根拠を示していると思われる。
研究者紹介

石井 光昭(保健医療技術学部 理学療法学科)
専門分野
リハビリテーション科学、福祉工学
最近の業績
- 知っておきたいパーキンソン病患者の摂食嚥下障害の特徴と理学療法士の関わり.理学療法37.524-530.2020
- エビデンスを参照したパーキンソン病患者に対する理学療法の考え方と進め方.理学療法36.598-606.2019
- Respiratory responses reflecting the emotional contribution to freezing of gait in Parkinson’s disease. Journal of Parkinson’s Disease 9.137.2019
- Influence of Freezing of Gait on Quality of Life in Patients with Parkinson’s disease.佛教大学保健医療技術学部論集12.1-10.2018
- Characteristics associated with freezing of gait in actual daily living in Parkinson’s disease.The Journal of Physical Therapy Science.29.251-256.2017
受賞業績
- 日本理学療法士協会 協会賞 2021年6月
その他業績

出版物
『パーキンソン病の理学療法 第2版』、監修/奈良勲、編著/松尾善美・石井光昭
(医歯薬出版)
2020年8月

DVD
『パーキンソン病の理学療法 パーキンソン病の基本と歩行障害への対応』解説/松尾善美・石井光昭
(ジャパンライム)
2021年6月