研究活動紹介
ドイツ語圏における着床前診断
名前 | 三重野 雄太郎(社会学部 公共政策学科) |
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科研費種別 | 若手研究B |
研究課題 | 着床前診断をめぐる法的・倫理的問題 ―ドイツ・オーストリア・スイスの比較研究― |
研究期間 | 2016 〜 2018 |
研究目的
現代社会においては、着床前診断やゲノム編集など、様々な生命倫理上の問題に対して、法規制なども含めた社会的対応が求められている。
とりわけ、着床前診断については、近時様々な動きがあり、これらに関わる報道に接する機会が非常に多くなっている。また、日本でも法規制に向けた動きがあるヒト受精卵のゲノム編集については、着床前診断とパラレルに考える必要性がある。
現在の日本では、着床前診断については、日本産科婦人科学会の会告があるのみで、法的ルールは存在していないが、こうした技術には様々な問題があり、何らかの法的ルールを作っていく必要があると思われる。
本研究では、日本における着床前診断をめぐる法規制のあり方を考えるうえでの示唆を得るために、ドイツ、オーストリア、スイスの着床前診断に関する法的ルールについて調査・検討した。

研究成果
1.ドイツにおける状況
ドイツでは、1990年に胚保護法が制定されて以来、着床前診断は同法で禁じられていると解釈されてきた。
しかし、2010年に連邦通常裁判所が、一定の場合に着床前診断は同法に違反しないと判断したことを契機として、2011年に、胚保護法に着床前診断についての規定である3a条が新たに設けられた。
同条では、着床前診断の実施は原則として禁止されているが(1項)、妊娠を目的とし、親の遺伝子の形質が原因で子供が重大な疾患にかかるリスクがある場合、もしくは死産や流産に至る蓋然性のある受精卵の障害を調べるために、書面による女性の同意を得たうえで着床前診断を行った場合は違法性が阻却される(2項)。また、着床前診断実施の要件として、女性のカウンセリング、認可を受けたセンターに設置された倫理委員会が2項の要件を満たすか検討したうえで承認すること、資格ある医師が認可を受けたセンターで行うことが規定されている。
2.オーストリアの状況
オーストリアでは、1992年に成立した生殖医療法の9条1項で、成長能力ある細胞は、生殖補助医療以外の目的で利用されてはならず、そうした細胞は、医学及び医療上の経験の水準からして妊娠をもたらすのに必要な場合に限り検査および治療されてよいものとされていた。この条文により、着床前診断が実質的に禁止されていた。しかし、2015年1月に成立し、2月に公布された改正後の生殖医療法では、まず、着床前診断を実質的に禁止していた旧9条1項が改正され、一定の要件を満たす場合には着床前診断が許容されることとなった。
着床前診断実施の要件については、2a条1項に規定があり、それによると、成長能力ある細胞の移植が3度以上行われた後に妊娠がもたらされ得ず、その原因が成長能力ある細胞の遺伝性の障害であって、他の原因に帰することができないと推定する理由がある場合、少なくとも3度、医師の証明のある、自然流産または自然死産を経験し、その原因が子どもの遺伝性の障害にある高度の蓋然性がある場合、両親の少なくとも一方の遺伝性の障害により、流産または死産もしくは子どもの遺伝病につながる重大な危険がある場合のいずれかの場合にのみ着床前診断が許容される。
3.スイスにおける状況
(1)従来の状況
改正前のスイス連邦憲法119条2項c号では、子どもに特定の形質をもたらすことや研究を目的とした生殖医療技術の利用が禁じられていた。従来はこの規定で着床前診断が禁止されていると解されていた。また、1998年に制定された生殖医療法の5条3項では、試験管内の胚から1つまたは複数の細胞を採取すること及びその細胞の検査は禁じられていた。
(2)改正の状況
改正後の新連邦憲法119条c号では、法律で規定された要件の下での体外受精が認められることとなった。
また、生殖医療法は2014年に改正され、新たに5a条が新設された。同条では、2項で着床前診断の実施要件について規定されている。すなわち、試験管内胚の遺伝物質の検査と性別もしくはその他の形質による胚の選別は、重篤な疾患の遺伝性の素因を有する胚が子宮に着床する危険を他の方法によっては回避しえず(a号)、重篤な疾患が50歳以前に発症する蓋然性があり(b号)、重篤な疾患を克服するための有効で合目的な治療を利用できず(c号)、カップルが、医師に対して、a号にいう危険が自分たちにとって背負いきれないものであることを書面で主張した場合にのみ許される。
4.総括
3 ヶ国の法制度は、子どもが遺伝性疾患にかかるリスクがある場合について着床前診断を許容している点、遺伝性疾患に関係ない単なる性選別や救世主兄弟、デザイナーベビーを目的とした着床前診断は認めていない点で共通している。日本においても性選別や救世主兄弟、デザイナーベビーを目的とした着床前診断は認めるべきではないと思われる。
2020年1月、日本産科婦人科学会は、着床前診断を認める対象を広める案を提示し、議論が進められている。諸外国の制度や実際の運用状況から学びつつ、日本において着床前診断をどこまで認めて良いか議論を進めていかなければならず、このテーマは社会的にますます重要となろう。

研究者紹介

三重野 雄太郎(社会学部 公共政策学科)
専門分野
法律学(刑法、医事法、スポーツ法)、生命倫理学
科学研究費採択
若手研究B 着床前診断をめぐる法的・倫理的問題 ―ドイツ・オーストリア・スイスの比較研究―(2016 〜 2018)
最近の業績
- 「着床前診断の法規制をめぐるドイツ・オーストリア・スイスの近時の動向」生命倫理27巻1号(2017)96頁以下
- 「タトゥーを彫る行為の『医行為』該当性」鳥羽商船高等専門学校紀要40号(2018)9頁以下
- 「2015年オーストリア生殖医療法改正―着床前診断の一部許容」年報医事法学33号(2018)24頁以下
- 「改正前薬事法66条1項「記事の記述」該当性」高橋則夫・松原芳博編『判例特別刑法第3巻』日本評論社(2018)255頁以下
- 「子宮移植をめぐる倫理的問題」 佛教大学社会学部論集49号(2019)7頁以下
外部資金導入実績
- ヤマハ発動機スポーツ振興財団 スポーツチャレンジ研究助成(2019)
- 上廣倫理財団 研究助成(2016)
その他業績

出版物
甲斐 克則 編 三重野 雄太郎 寄稿 『医事法辞典』
信山社 (2018)