研究活動紹介
「8.15=光復節」とは何か
名前 | 崔 銀姫(社会学部 現代社会学科) |
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科研費種別 | 基盤研究C |
研究課題 | 韓国放送と「歴史認識」:歴代8.15記念ドキュメンタリーに関する歴史社会学的考察 |
研究期間 | 2016 〜 2018 |
研究目的
戦後韓国放送(KBS)における「8.15」ドキュメンタリーシリーズの系譜を体系的に作成すると共に、1960年代から本格的なテレビ放送が開始された以来、毎年継続的に制作されてきた「8.15」ドキュメンタリーシリーズの言説を分析しながら戦後韓国におけるナショナリズムの言説の性格と特徴、そしてその変容と背景について総合的に考察すること。
研究経過と研究内容
1945年解放後樹立した初代の大韓民国政府による国民統合と言論統治の政策の一環として1961年には本格的なテレビ放送が始まったが、そのテレビ放送の開始とその戦略の一環で枠づけられた番組の枠の一つが「8.15=光復節」記念ドキュメンタリーというイデオロギー装置であった。
言説分析
2.1【学会発表】1「『表象の文脈化』に何ができるか」(2017年6月日本マスコミュニケーション学会春季大会ワークショップセッション)
(テーマ)表象(Representation)を文脈的に言語化する方法とその意義とは何か
2.2【学会発表】2:「表象の境界と『境界』の表象」(2018年6月Cultural Typhoon 学会グループセッション(Deconstructing Nationalism in Digital Age))
(テーマ)「8.15」ドキュメンタリーにおける「在日」の言説とその変化とは何か

事例1
(概要)研究分担者である美馬秀樹氏(東京大学)の協力を得て同氏が開発したテキスト・マイニングの手法である「MIMAサーチ」を使って、過去のKBSのドキュメンタリー番組分析をした。このような取り組みの狙いはナショナリズムの言説をめぐる変化のダイナミズムに注目することで「多声性」を読み取ると共に「境界侵犯」の具体的な事例を説明出来ることである。
(成果)「文化は社会的な差異と社会的矛盾の場である」というバフチン(Bakhtin,M.M)の対話理論(Dialogism)を中心に言説を解釈した。
研究結果
本研究は、韓国の国営放送が1961年から制作・放送してきた「8.15」ドキュメンタリーシリーズを実証的な研究対象として取り上げながら戦後韓国におけるナショナリズム言説の変容の歴史を考察したものである。「8.15」ドキュメンタリーシリーズとは、所謂国家的な祝日(National Holiday)として制定された「光復節(=8月15日)」を記念するために枠づけられたナショナルなイデオロギー装置として、現在もなお持続的に制作・放送されている。
表1. 各章の「8.15」ドキュメンタリーシリーズとナショナリズム言説
章 | 番組タイトル( 放送日) | テーマ | ナショナリズムの言説 | |
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1 | 「8.15 特集」4 部作シリーズ 第3部『光復の歓喜』 (KBS、1977.8.13 放送) |
民族統一、 反共 新しい時代、 統一祖国 |
公式ナショナリズム(Official nationalism)、 「ネーション=統一民族」 |
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2 | 8.15 海外企画8 部作シリーズ『移民韓国人、このように成功した: 第1部洋服屋三兄弟』 (KBS,1983.8.8 放送) | 移民、貧困と苦労、克服、勤勉さ、意志、家族愛、「韓国人」の矜持 | 公式ナショナリズム(Official nationalism)、 創られた「韓国人」、 「韓国人論」、限定的省察的「ネーション」、 「移民ナショナリズム」 |
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3 | 8.15 企画『韓国人の一日』(KBS,1987.8.12 放送) | 民主化を支えた 中産階層の底力 |
民主主義的過激ナショナリズム(Democratic Radical Nationalism)、 「中産階層」というネーション |
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4 | 光復50 周年特集『まだ終わっていない金の戦争』(KBS,1995.8.14 放送) | 貧困、 民族的差別、 「朝鮮人」 |
「在日」と「民族差別」、「反日」 | トランスナショナリズム(Transnationalism)、 「ネーション」への覚醒 |
5 | 光復節特集『在日、悩む魂』(KBS,2009.8.14 放送) | 複数の祖国、 「在日」のアイデンティティ、多様性 |
大衆的スターの「在日」、三つの祖国、「国籍」は関係ない、「在日」と「共存」 | |
6 | 8.15 企画4 部作シリーズ 『戦争と日本』第4部 『忘却する国 贖罪する国』 (KBS,2014.8.22 放送) |
未来に寄与、覚醒、能動的被害者、 「遅いが遅すぎはしない」 |
戦後被害者、戦争の責任、「過去」を共有するネーション、未来への覚醒 |
(出典:筆者作成)
本研究の主な考察結果をまとめるのならば表1の通りである。戦後韓国における言説的変容の最大なカーブを作ったきっかけをもたらしたのは、「反日」でもなく、「反共」でもない、第3の言説としての「民主化」という強力な「下から」の言説であった。そして戦後韓国の公共放送におけるイデオロギー装置としての「8.15」ドキュメンタリーシリーズにおけるナショナリズムの言説は、「反植民地ナショナリズム(Anti-colonial nationalism)」→「公式ナショナリズム(Official nationalism) 」→(「民主主義的過激ナショナリズム(Democratic radical Nationalism)」)→「トランスナショナリズム(Trans nationalism) 」へとその内実的な変容とイデオロギーの進展があったとまとめられる。
研究者紹介

崔 銀姫(社会学部 現代社会学科)
専門分野
メディア・スタディーズ(社会情報学)
科学研究費採択
- 基盤研究C テレビドキュメンタリーにおけるアイヌの表象と他者性の変容に関わる学際的な文化研究(2012 〜2015)
- 基盤研究C 地域間コミュニケーションを通じたコミュナルな地域文化の情報発信に関する実践的研究(2011 〜2014)
- 若手研究B ドキュメンタリーリテラシープログラム開発とコミュニケーションツール構築(2007 〜2010)
- 若手研究B 北海道における「ドキュメンタリーリテラシープログラム」の開発(2004 〜2007)
最近の業績
- 日本マスコミュニケーション学会メディア史研究部会委員 (2019 〜 )
- 日本マスコミュニケーション学会国際委員会委員(2017 〜 2019)
- 韓国ソウル大学言論情報研究所客員教授(2010)
その他業績

出版物
『反日と反共:線後韓国におけるナショナリズム言説とその変容』
明石書店 (2019)