研究活動紹介
精神科看護歴史における生活療法の研究
名前 | 阿部 あかね(保健医療技術学部 看護学科) |
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科研費種別 | 基盤研究C |
研究課題 | 精神科看護における生活療法の歴史的検討 |
研究期間 | 2014 〜 2018 |
背景
わが国の精神医療は1965年以降高度経済成長を背景に、諸外国に類を見ない精神科病床増床政策をとり、その中で今日の精神科病院体制と精神科看護の体系は形作られてきた。一方1969年より、学生運動を背景にした精神医療改革運動がおこり精神科病院の治療体制や看護にも影響を及ぼした。そのひとつに「生活療法批判」がある。生活療法はこの時期の精神科病院の日常を規定し、精神科看護と同義語とされた思想と実践であった。

精神病床数の推移
生活療法の概要
生活療法とは、小林八郎(精神科医)が提唱し1957年より普及した。
①レクレーション(遊び療法)②生活指導(しつけ療法)③作業療法(働き療法)からなる

生活療法下の病棟日課

羽生・川島, 1956,「 精神科看護技法」『看護学雑誌』
研究目的・意義
生活療法批判を通して、精神医療改革運動から受けた看護への影響を明らかにする。
1.生活療法批判と看護者の改革運動
―精神医療改革運動を看護者はどのようにみていたのか―
【目的】
精神医療改革における生活療法批判とは別に、看護者の改革に向けた取り組みから改革派医師たちと看護者の目指したものとの差異を明らかにする。
【方法】
①文献検討 ②1970 ~ 80年代精神科看護に従事した3名への看護者にインタビュー調査。
【結果】
①戦後精神医療の反省や矛盾を指摘し改革を主張した1969年日本精神神経学会(金沢学会)以降、多くの関係団体がこれに同調し学会機能を停止したが、看護者の学会(日本精神看護技術協会)はこの動きに同調せず、改革の主張もしなかった。②看護者は社会構造と精神医療構造を結び付けて、イデオロギーを声高に叫ぶことは無かったが、矢野真二ら(精神科病院・病棟の開放化、管理体制の緩和、病棟再編、レクレーションや作業療法の活発化)や、金山千夜子・矢田朱美らの取り組み(地域医療体制の確立、精神科病院との連携システムを確立)など看護者による改革への取り組みもあった。③改革派医師、看護者の取り組みはいずれも精神病院の開放化、地域化、精神療法的な患者とのかかわりといえ、結果として同じであった。
(阿部あかね(2014)「精神医療改革運動を看護者はどのようにみていたのか」『現代思想』42(13), 青土社.)
2.精神医療改革運動のなかでおこった作業療法・生活療法批判を看護者はどのように受け止めたのか
【目的】
精神医療改革運動における生活療法批判の論点を整理する。そしてその生活療法を担っていた精神科看護者の批判の受け止め方と、行動内容を明らかにする。
【方法】
文献検討
【結果と考察】
①代表的な批判の論点は (1)作業療法は、病院利益のための患者使役、労働力の搾取という人権侵害 (2)生活療法は、権威的な治療者・患者関係を基本とした体系であり反精神療法的、反治療的 (3)生活療法体制は精神病院の権威構造を補強する (4) 精神病院増床政策の中で少ない看護要員で多くの患者を管理するのに好都合なツールとして使われているとし、生活療法に表れる権威主義や差別性を批判した。
②看護者やコメディカルスタッフらの受け止め方は(1) 批判を正面から受け止め、生活療法をやめてしまう (2)患者を画一的に扱い管理したことは認めたうえで、個別性を重視した方法に変える (3)批判は気にせずそのまま続けたという3姿勢に大別され、(3)が多勢であった。④1980年代中ごろから、米国発症のSST(Social Skills Traning)が紹介、診療点数化され、生活療法と親和性を持つ部分もあったため、看護者に受け入れられ普及した。
(阿部あかね(2015)「生活療法批判をめぐる齟齬―精神科看護者による生活療法批判の受け止め方」『生存学』8, 生活書院.)
3.生活療法批判にさらされたことをめぐる、精神科看護の職業アイデンティティ上の葛藤
【目的】
精神科看護として取り組まれていた生活療法が批判され、看護者は動揺した。そこでの精神科看護者らの葛藤と、専門職としてのアイデンティティのゆらぎを明らかにする。
【方法】
①文献検討(臨床看護者の研究報告、精神科病院の院内誌・記念誌)②生活療法に従事していた看護者にインタビューを行い臨床現場での実感を補足した。
【結果・考察】
①生活療法は、「療法」という名を冠しており「治療」としての意味づけを付与されたといえ、専門性と地位確立の途上であった看護者にとって、アイデンティティ獲得につながった。②精神科病院における精神科看護が「管理的側面」と「個別性尊重」という両値性を持つことを突きつけられ葛藤が生じた ③生活療法が盛んだった1970年代は、看護界全体に看護の科学性や理論を追求する気運が高まり、「いつ、だれが行っても同じ結果を生む」というような普遍性、論理性、客観性を追求することが求められたため、患者の個別性重視という相反する価値も求められた。
(阿部あかね(2017)「精神科看護の職業アイデンティティ形成上の葛藤―生活療法問題をめぐって」日本看護歴史学会発表(示説))
研究者紹介

阿部 あかね(保健医療技術学部 看護学科)
専門分野
精神看護学
科学研究費採択
基盤研究C 精神科看護における生活療法の歴史的検討(2014 〜 2018)
最近の業績
- 「精神科看護の職業アイデンティティ形成上の葛藤
―生活療法問題をめぐって」日本看護歴史学会発表(2017) - 「生活療法批判をめぐる齟齬―精神科看護者による生活療法批判の受け止め方」『生存学』8巻(2015)
- 「精神医療改革運動を看護者はどのようにみていたのか」
『現代思想』 42巻13号(2014) - 「精神科看護者にとって作業療法と生活指導への実践が有する意義
―1950・1960年代のわが国における実践報告の分析」
『立命館人間科学研究』27巻(2013) - 「わが国の精神医療改革運動前夜
―1969年日本精神神経学会金沢大会にいたる動向」
『生存学』3巻、生活書院(2011)
社会活動
- 日本精神科看護協会における研修会講師
- 「精神科認定看護師教育課程 実践事例検討会」(2013 ~ 2017)
- 「精神科看護初心者研修会」(2014 ~ 2018)
- 「気づきを生かす事例検討会 全5回」(2018)