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障害者をケアする母親に生じる社会的不平等

名前 田中 智子(社会福祉学部 社会福祉学科)
科研費種別 若手研究B
研究課題 障害児者の母親におけるワーク・ロスの実相と社会的支援一労働とケアの両立の困難
研究期間 2015-2018

研究目的

障害者をケアする母親に生じる社会的不平等を就労との両立という点から考察する。

障害のある子どもを持つということは誰にでも起こり得る偶発的事象である。 しかし、そのことによって家族、特にケアラー役割を引き受けることを社会的に強制される母親にとっては、就労をはじめとする人生の様々な選択肢を制限されることとなり、その結果、障害にわたって貧困に陥るリスクを高めることとなる。ケアと就労の両立、さらには障害とケアと貧困がどのように構造的なつながりを持つ のかを明らかにすることが目的である。

研究内容

障害者をケアする母親を対象に、障害当事者の年代を就学前/学齢期/成人期に、母親の就労形態を無職/パートタイム/フルタイムに分けて、今の就労形態を選択した理由、就労を可能にする/困難にする社会資源の状況、家族や専門職の就労に関する意識、就労することが夫婦関係や子育てにどのような影響を与えているのかについてのインタビュー調査を行った。

また、社会構造との関連についての理解を深めるために、比較対象としてフィンランドにおいても同様の調査を行なった。フィンランドを選択した理由は、北欧の中では"遅れた福祉国家"と言われ、家族ケアとの親和性が高いこと、また障害者のノーマライゼー ションという点においては、生活条件が整備されている社会では、ケアの問題がどのように表れるのかということを考察するためである。

研究結果

障害者の母親の就労状況は、確かに障害者のケア資源の整備とともに広がりを見せている。しかし、「同時代の同社会を生きる同世代」の人たちと同等の生活というノーマライゼーションの観点に立つと、今なお、障害者の母親には固有の問題が生じていると言えよう。就労という点から考えると、ケアを優先した就労形態を選択せざるを得ないので、そもそも就労先の選択肢が限定されている。さらには、職務上必要とされる研修や出張を断念していたり、正規職への登用や昇進などを諦めている様子も明らかになった。

一方で、就労により稼得を得ることは、夫婦関係における力関係を左右したり、子育て観や障害観を変えるなど、家族における母親の地位や将来的な子どもの自立などにも影響を与えることが明らかになった。つまりは、ケアラーとしてだけではなく、母親がその他の属性で生きられる社会関係が必要なのである。しかし、就労に時間やエネルギーを注ぐことが、ケアラーとしての役割を果たせないという葛藤にもつながる側面もあることも明らかになった。

比較対象のフィンランドにおけるインタビュー調査では、ケアによって数年にわたって就労が途切れてもまた同じ職で復帰できるなど雇用環境の違いも大きいと考えられるが、多くの母親たちが就労を断念することなく働いていた。また、自身の働き方に子どもの障害やそのケアが影響することは少ないと答えている。印象的だったのは、「私たちは親であって、専門家ではない」という言葉である。専門的ケアは社会資源に委ねながらも、家族の関係性を維持している様子がうかがえた。

今後、取り組む予定にしている研究としては、障害者の親の高齢期に関わる問題がある。障害者福祉の領域においては、昔から「親亡き後」という言葉が使われてきた。つまりは、親にとってのケアラー役割の終了などは想定されず、最後まで子どものことを思って奮闘することが求められてきたのである。しかし、実際には、自身の要介護状態を抱えながら、ケアを担おうとしている親たちの現実がある。既に実施した予備的調査においては、子どもの生活の質の低下、親自身への社会的介入の遅れ、要介護状態の親と障害のある子どもを取り結ぶ社会資源の不足などが明らかになっている。今後は、実際に、高齢期→要介護状態→親亡き 後という段階ごとにどのような生活問題が生じるのか、親と専門職の間での認識 の異同などについて質的・量的調査を通じて明らかにしていきたい。 以上のことから、障害者のケアを担うことが、就労をはじめとするさまざまな機会の喪失につながらない社会構造が必要であると考えられる。また、生涯に渡り濃密なケアが必要とされる障害者ケアを考えることは、高齢者介護や子育てなど ケアー般にも議論を広げることができると考えている。ナンシー・フレイザーが、 その著『中断された正義』のなかで提起した「総ケアモデル」に基づく社会を構想することはは一つの良いヒントになるだろう。「総ケアモデル社会」においては、あらゆる仕事がケアを担っていることを前提に設計され、労働者全体の労働時間を短縮することにつながり、ジェンダー平等も促進されると考えられる。現代では、 国民の多くがケアの当事者であることから免れないし、生老病死に不可欠なケアとは人々をつなぐ紐帯とも言える。誰もがケアを担いながら、自分の人生をあきらめずに生きることができる社会を本テーマを通じて考えていきたい。

研究者紹介

田中 智子(社会福祉学部 社会福祉学科)

専門分野

社会福祉学

科学研究費採択

若手研究B 成人期障害者の暮らしの場の移行に伴う親子関係の再構築に関する研究 2010-2013

最近の業績

  • 障害者の母親における長期化するケアラー役割/ 「障害者問題研究」45巻3号 2017年11月
  • 成人期障害者の母親におけるケアと就労の両立困難/ 「佛教大学総合研究所共同研究成果報告論文集」5号 2017年3月

その他業績

「子どもの貧困」を問いなおす
家族・ジェンダーの視点から
(法律文化社)松本伊智朗編著

刊行物

「子どもの貧困」を問いなおす
家族・ジェンダーの視点から
(法律文化社)松本伊智朗編著
2017年10月

障害者をケアする母親に生じる貧困と不平等
(アカデミック・ジャーナリズムSYNODOS)

掲載記事

障害者をケアする母親に生じる貧困と不平等
(アカデミック・ジャーナリズムSYNODOS)

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