研究活動紹介
予防接種の功罪
名前 | 香西 豊子(社会学部 現代社会学科) |
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科研費種別 | 基盤研究(C) |
研究課題 | 予防接種の歴史社会学的考察 |
研究期間 | 2015年4月1日~2018年3月31日 |
研究内容
1.予防接種の歴史
わたしたちは、0歳の時から現在まで、機会あるごとに予防接種を受けています(2017年現在、生 後半年で10回以上。成人でも、インフルエンザ予防接種など)。
予防接種とは、病原体に感染して病気になる前に、ワクチンを接種することにより、病原体の情報 をあらかじめ身体に教えておく(「免疫をつける」)ことです。予防接種をしておくと、じっさいに病原体が身体に侵入しても、症状が出るのを抑えることができます。
この予防接種という医療が実用化されたのは、天然痘という感染症に対してでした。天然痘はかつて世界中で流行し、感染症のなかで、もっとも多くの人口を死に至らしめたといわれています。感染すると致死率は高く、天然痘の流行によって住民の9割以上が死滅した地域もありました。
天然痘は日本列島でも流行をくりかえし、幼少期に必ず罹患する病とみなされました。発病のメカ ニズムが不明だったため、決定打となるような対策はなく、予防や治癒をうたう呪術や儀礼が多くおこなわれました【図版1】。
そうしたなか、天然痘患者の皮膚にできたできものの膿や施を、天然痘にまだ罹ったことのない者に植えつけておくと、流行にあっても罹らないことが伝わり、日本でも18世紀半ば頃より行われるようになりました(トルコ発祥の腕に接種する方法と、中国発祥の鼻孔に吹き入れる方法の二種類がありました)【図版2】。予防接種のはしりです。ただし、その原理は、当時、(免疫をつけるということ ではなく)身体に生まれながらにそなわる天然痘の毒を、おなじく人の腰や腕により、身体の表面に引きだすものとして理解されていました。
その後、天然痘患者の膿や姉に代わって、ウシの乳房にできるできものの膿を使う、より安全な手法が、18世紀末にイギリスで実用化されました。このウシ由来のワクチンは、日本を含め世界中で用いられるようになり、20世紀半ばには、ついに自然界から天然痘は根絶されることとなったのです。


2.「予防」医療を反省する
予防接種という医療は、天然痘で実用化された後、麻疹・水痘・結核・ジフテリア・破傷風・ポリオなど、多くの感染症に対して行われ、罹患者数の抑制や症状の軽減に役立ったといわれています。しかし、一方では、予防接種をうけたために、重い障害を負ったり死亡したりする例も生み出されました。
たとえば、1948(昭和23)年に京都でおこったジフテリア予防接種事故では、毒素ののこったワクチンを接種された乳幼児が、538名後遺症を負い、68名死亡しました。これは現在でも、史上もっとも多くの被害者をだした予防接種事故です【図版3】。天然痘の予防接種も、じつは接種後に脳炎等の副反応を引きおこしかねないことが判明し、流行の鎮静化した日本では1976(昭和51)年以降、 接種されなくなりました。
疾病への罹患を予防するための医療が、逆に、健康な身体を傷つけてしまうのは、転倒した現象です。国民医療費が増大するなか、「予防」医療の重要性が叫ばれて久しいですが、予防接種の歴史が 教えるように、その「予防」が何を守るものなのか、そして「予防」のために何がリスクに曝されるの か、見極める必要があります。

研究者紹介

香西 豊子(社会学部 現代社会学科)
専門分野
医療社会学・医学史
科学研究費採択
近現代日本における予防接種の展開とそれをめぐる議論の歴史社会学的分析
最近の業績
- 論文「京水補遺—鷗外の生きた煙滅の医学思想」『思想』1090号、2015年
その他業績

新聞記事
京都新聞
2017年2月25日