沿革

1988年、後の佛教大学客員教授(2006年~2011年)小島康誉が中国側の新疆ウイグル自治区文物局・新疆文物考古研究所と、「日中共同ニヤ遺跡学術調査」を開始。1994年、中国国家文物局より発掘許可を取得するほどの成果充実にともない、佛教大学に「ニヤ遺跡学術研究機構」を設立。2003年、文部科学省オープン・リサーチ・センター整備事業(平成15年度~平成19年度)として、佛教大学に「アジア宗教文化情報研究所」が設置されたのにともない、その研究項目となり、2008年、同研究所が「宗教文化ミュージアム」と改称されたのを機に、そのシルクロード研究担当部門と位置づけられた。

新疆ウイグル自治区概要

新疆ウイグル自治区と聞かれて、そのイメージのわく方は、研究者かよほどのシルクロード通であろう。「彊」が使用されたり、ウイグルをウルグアイと混同したり、新疆省と古い名前で呼んだり、新疆ウイグル族自治区と間違えたり、と日本人には馴染みのうすい一帯である。そこでまず、新疆ウイグル自治区を紹介したい。

新疆ウイグル自治区は、東西南北の文明文化が行きかったいわゆる「シルクロード」の中央に位置し、モンゴル・ロシア・カザフスタン・キルギスタン・タジキスタン・アフガニスタン・パキスタン・インドと国境を接し、国境線は5,000kmを超える。面積は約160万k㎡、日本の約4.4倍。アルタイ・天山・崑崙の三大山脈がジュンガル盆地とタクラマカン沙漠をはさむかのように聳えている。7,000m級の峰々は万年雪や氷河におおわれ、バインブルグなどの草原には高山植物が咲き乱れ、羊・牛・馬・山羊などが放牧されている。大沙漠には大量の石油・天然ガス・水が埋蔵されていて、開発が始まっている。タクラマカン沙漠はかって「死亡の海」と言われていたが、いまでは「希望の海」に変わった。 楼蘭・キジル・ニヤに代表される世界的文化財が点在している。人口は約2,200万人、ウイグル族・漢族を中心に40数民族が協力しあって生活している。区都ウルムチには高層ビルが林立し、中央アジア経済圏のセンターとして活況を呈している。日本企業の進出も始まっている。新疆ウイグル自治区は、2015年10月1日に成立60周年を迎える。


新疆が日本で知られるようになったのは1980年、NHK「シルクロード」によって、神秘の扉が開かれたことによる。2005年には「新シルクロード」が放送され再び注目された。経済発展にともなう観光ブームで中国各地からの観光客があふれている。海外からでは日本人が最も多く、多い年は約5万人が訪れた。

次頁日中共同ニヤ遺跡学術調査

The Academic Reseach Organization for the Niya Ruin c/o BukkyoUniversity All Rights Reserved.