大学紹介

2015年12月

無財の七施 一、眼施(げんせ)~慈しみのまなざしを施す~

『雑宝蔵経』

解説 / 仏教学部教授 本庄 良文

 ふつう布施(施し)というと、自分のもっているものを他人に施すことです。しかし、『雑宝蔵経』巻第六には、自分の財産をそこなわずにできる施しが、七つ挙げられ、他人を幸福にするだけでなく、自分をも幸せにし、ついにはブッダになる元ともなると説かれています。
 第一が、「眼施」。文字通りには眼球を施すことですが、そうではありません。ここではやさしいまなざしを周囲の人に向けることを言います。ただし、うわべだけとりつくろっても、気持ちが伴わないと「眼が笑っていない」などと言って、かえって警戒されてしまいます。仏教では、「からだ(身)」「ことば(語)」「こころ(意)」の三者を一致させることを理想としています。他方、諺に「礼も過ぎれば無礼になる」ともいわれます。「気持ちを込めること」とともに「相手の立場に立つこと」、これが「施し」の基本と言えるでしょう。

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佛教大学宗教教育センター
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