地図とはなにか―絵図と地図―   
(1) 絵図の定義     
  絵図とは地表上の諸事物の空間配列を二次平面上に表現したものであり、その意味では地図の一種である。絵図という語を分解すると「絵」と「図」になるが、「絵」とは絵図に絵画的性格(pictorial)が備わっていることを示している。これに対して、「図」は単なる図(figure)ではない。「図」とは地図(map)の意味であり、絵図が地図的性格を備えているということである。絵図はさまざまに定義されようが、2つの例を挙げておこう。   
 
小野寺淳  絵図に描かれた自然環境−出羽国絵図の植生表現を例に 歴史地理学172  1995  pp.21   
作成主体がその目的によってあるがままの景観から取捨選択した図像、あるいはある価値体系によってイメージ化された図像。     
管理者のコメント   
確かに絵図は「イメージ化された図像」という側面が強い。こうした絵図に対する理解は、非科学的であるとして排除されてきた絵図の不正確さを主観的な表現として研究の価値を認めるようになってからである。日本では1980年代からのことになる。しかし、その不正確さがすべて主観的なものに起因していると考えることはできない。近世の検地絵図は、その時代なりの測量技術を駆使して正確な丈量に努めたはずであるが、現代の地図からみればあまりにも大きな歪みをもっている。「イメージ化された図像」という理解は、絵図の一面を強調した定義であると考えておいた方が無難である。  
           
川村博忠  『近世絵図と測量術』 古今書院  1992 pp.1−7    
地域景観の実像をそのまま描写したものではなく、方位を定め縮尺を一定にし、記号を使用するという作図上の約束に従い、絵画的手法によって地物を表現した地図     
管理者のコメント   
「方位を定め縮尺を一定にし」というのは、江戸時代の絵図、しかも特定の限られた絵図には当てはまるが、ほとんどの絵図の方位は測量に基づくものではなく、日常的な方位観にしたがって大まかに記載されるに過ぎない。これは縮尺も同じである。川村は国絵図研究の第一人者と知られているが、この定義も国絵図を念頭に置いたものと考えなければならない。 
       
(2) 地図と絵図の違い     
  @ 地図表現上のルールの公開・非公開   
  地図は空間情報に関する記述・伝達の手段である。地図では空間情報が記号や注記に置き換えられ、製作者や利用者が共有できるルールに従ってそれらが配列されて伝達機能が遂行される。こうした地図の伝達機能に注目して、地図を空間言語と呼ぶことがある。地図が空間言語ならば、地図の一種である絵図も空間言語である。 
  地図の製作者と地図の利用者が共有できるルールとは地図表現上のルール(デザインされた記号や注記のルールなど)である。それは、言語における単語に相当する。その単語を通して地図の利用者は記号の意味を理解し、地図を読み解いていく。近代以降の地図(とくに、地形図)は科学的な測量に基づいて作成され、この地図表現上のルールが公開されている。したがって、地図の利用者は誰であっても公開されているそのルールにしたがい、地図を利用することが可能になっている。 
  しかし、絵図では地図表現上のルールが開示されることは稀である。もちろん凡例がないということではないが、絵図中には凡例にない記号が使われていること多いのである。このことは絵図に製作者と利用者が共有できるルールが存在しないということではない。絵図の製作者と利用者の間に記号に意味について暗黙のうちに十分な共通理解が成り立っており、ルールを開示する必要性が低かったと理解すべきである。したがって、絵図を読み解くためには、まず地図表現上のルールを地図表現そのものから導き出すことから始めなければならない。 
   
  A 視点     
  大地上のさまざまな物を地図にする時、およそ三つの視点の位置がある。第一は横から視点、第二は斜め上空からの視点、第三は真上からの視点である。第一の視点でできる地図を側面図という。側面図は視点の正面を詳細に、しかも立面で表現することができる。しかし、対象物の三次元的な形態や背後に広がる空間を表現できないという欠点をもつ。言い方を変えれば、他の事物との位置関係を表現できないということである。第二の視点でできる地図を鳥瞰図という。対象物を三次元的に(立体的に)表現できるという点では側面図に似た特色をもつが、側面図ほどの正確さ、詳細さは期待できない。また、対象物の形態や背後の空間を含めて広い範囲を描くことができるが、立体的な物の背後は表現できないという欠点をもつ。第三の視点でできる地図は、地表上のさまざまな物の位置関係を示すのに優れている。しかし、描かれたものの三次元的な形態は表現できない。   
  上記三つの視点の内、絵図に特徴的なものは第二の鳥瞰的視点である。鳥瞰的視点は日本絵画における伝統的空間表現方法であるが、絵図の作成に絵師が関わっていたことにより、鳥瞰的視点が自然に用いられたものと思われる。しかし、日本の絵図は第二の鳥瞰的視点だけでできているのではない。多くの場合、地図の中心部は第三の視点で表現され、その周辺部で第二の視点が用いられている。 
  これに対して、近代以降の地図とくに地形図は第三の視点でつくられている。宇宙空間のある一点に静止して、地球上を見ているという視点である。実際には不可能なことであるが、それを可能にしているのが「投影法」とよばれる数学的処理である。 
       
附録 絵図と古地図     
  古地図とは、一体どのようなものをいうのだろうか。「古」とつくのであるから、「新」地図あるいは「現」地図があると思われるが、どこから「古」なのか、はっきりしていない。ある研究者は便宜的であると断りながら、戦前までの地図を古地図と呼び、またある研究者は「地図の役割が、現況の地理」を記すことだと考えれば、現在使用されていない地図すべてを古地図と呼べると言っている。一般に、古地図というと江戸時代以前の地図(絵図)を指すことが多いが、近代の地図や現代の地図であっても現在利用されない地図の取り扱いがはっきりしていないのである。   
       

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