| 平成12年度 |
平成13年度 |
| 日本住宅空間の構造変化 |
| 津田三蔵の性格と思想―大津事件の背景として― |
| 女性史から見る戦後の女性労働者 |
| 東京における中枢管理機能の集中と変容 |
| 大正期における家制度の再編―乃木伯爵家再興問題から― |
| 隠居における地方的慣行について―三重県志摩を例に― |
| 大正期における「侠客的右翼」の活動 |
| 考課状にみる大阪紡績の経営実態について |
| 都市近郊の発展―大津市瀬田の場合― |
| 立憲政友会の内部対立について―高橋是清内閣の内閣改造問題から― |
| 明治以降の下阪本における土地利用の変化 |
| 少女マンガからみる少女像―1970年代を中心として― |
| 三浦銕太郎の小日本主義 |
| 近代以降における宮座組織の変化―京都府向日市寺戸を中心として― |
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| 婦人記者管野すがについて―牟婁新報時代を中心に― |
| 絵的史料からみた近世大津の景観 |
| 出雲国広瀬城下町の景観復原―町屋地区を中心に― |
| 戦陣訓の成立とその影響 |
| 信濃国小諸城下町の地域構成 |
| 尾張国海東郡における街道と集落景観 |
| 近江における旧安土城下町域の景観 |
| 大和国高取城下町の景観復原 |
| 河内国中部における古代景観と変化 |
| 旧豊岡町における景観の変化 |
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| 平成14年度 |
平成15年度 |
| 信州上田城下町における武家地の変化 |
| 近世京都における花見名所の変遷と特色 |
| 近世京都における遊興地の成立と発展―祇園新地の場合― |
| 柳川城下町の形成過程と地域構成 |
| 滋賀県八坂・三津谷におけるカナダ移民 |
| 近世尼崎城下町の構造 |
| 織豊系城下町の特色―大和郡山を中心に― |
| 近世都市長浜の地域構造 |
| 明治・大正期における和歌山市街の変容 |
| 中・近世京都における墓地と葬制 |
| アボリジニーの生活様式の変化 |
| 高齢人口の分布と福祉施設の立地―京都市のデイサービスを中心として― |
| 近世博多の成立過程と地域の変容 |
| 大和郡山の金魚養殖における諸問題について |
| 大正期における京都市三条通の景観と地域の特色 |
| 近世における武蔵国下吉見領の治水とその特色 |
| 播磨国山陽道に於ける駅家についての一考察 |
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| 甲斐武田家の金山支配 |
| 日本における英語教育―明治期を中心に― |
| 近世長池宿の景観 |
| 奈良時代における南山背の官道 |
| 近世絵図資料にみる琵琶湖の湖岸景観―近江八景図屏風を用いて― |
| 遠江国西部における中世集落の立地 |
| 滋賀県湖東地域の観光とその地域的特性 |
| 市場集落奈良・丹波市の歴史的変遷 |
| 近世鹿苑寺門前集落の変容 |
| 8・9世紀における斎宮の景観と構造 |
| 三条油小路町の景観と町屋の変化 |
| 近江西大路城下町の構造 |
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| 平成16年度 |
平成17年度 |
| 幕末維新期における近江石部宿の変容 |
| 清水寺門前町の変遷―とくに三年坂を中心に― |
| 京都電気鉄道北野線の計画と建設 |
| 名所絵図からみた摂津有馬のイメージ |
| 大正末期・金沢における商業地の変容―旧北国街道沿いを中心に― |
| 京都における仏壇生産地の構造 |
| 津山城下町における町人地の地域構成 |
| 西陣における町並みの変化―古美濃部町・伊佐町・紋屋町・硯屋町― |
| 京都における数珠生産地の変化 |
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| 錦市場における店舗構成の変化 |
| 近世京都の地域区分変化―北部地域を中心にして― |
| 小平地域の新田開発―玉川上水分水の開削以後を中心として― |
| 村落の境界認知―東近江市今代町を例に― |
| 淀川下流域の水防施設からみた地域変容―門真市域の段蔵を例として― |
| 酒造業からみる京都聚楽の地域性 |
| 工場分布からみた京都市西郊の近代化 |
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| 平成18年度 |
平成19年度 |
| 千里ニュータウンのオールドタウン化と高齢者の生活 |
| 近世後期における犬上郡高宮駅の景観 |
| 京都市都心部における飲食店の立地―四条烏丸を中心として― |
| 案内記に見る近世京都の観光都市化 |
| 明石海峡大橋開通後の兵庫県淡路島における地域開発―淡路市津名地区を事例に― |
| 明治期の京都における電力利用の推移 (R) |
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| 近江八景の成立と地理的背景 (R) |
| 車椅子利用者の視点からみた観光地嵐山 (R) |
| 民俗文化からみる西近江の地域間関係 |
| 京都葛野郡に分布する愛宕燈籠の地理的意義 |
| 日記にみる幕末の京都町人の行動範囲 (R) |
| 明治・大正期における千本三条周辺地域の変容 |
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