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チベットの撥弦楽器ダムニェンの奏法と演奏曲

1)チベットの楽器 2)ダムニェンの歴史 3)ダムニェンの構造 4)奏法の特徴 5)演奏される曲目

1)チベットの楽器

 ここでチベットと呼ぶ地域は、伝統的な地理区分でいうアムド地方(現在の青海省の大部分)やカム地方(四川省の西部)等を含む地域である。これらの地域では、現在までチベット語あるいはその方言を使いチベット仏教文化の中で人々は生活してきた。これらチベット人の地域で親しまれてきた音楽は、基本的には労働歌であり、配偶者との出逢いを本来の目的とする唄垣や輪踊りの伴奏として発展してきた。そしてそれらを起源としながら洗練を重ねて展開したいわゆる宮廷音楽やナンマ団(専門音楽集団)も音楽技術を育てた要因として無視することは出来ない。

 これらのチベット音楽で使われる楽器の多くはアジアの他の地域からもたらされたものである。代表的な楽器は、本稿で扱われる撥弦楽器のダムニェン sgra snyen の他、擦弦楽器のピワン pi lbang 、管楽器のリンブ gling bu (笛)やリード楽器のギャリン rgya gling など、打楽器では、ガ rnga (太鼓)やプク sbug (厚シンバル)などがある。ギャリンや打楽器の類いは明らかに僧院内での楽器が民間で使われるようになったものであろう。漢土からか或いはカシミール方面からか来源地には異説があるが中国で言う楊琴(ヤンチン)に似た楽器も宮廷音楽やナンマ団の音楽には欠かせない。

2)ダムニェンの歴史

 撥弦楽器のダムニェンは漢語では「扎木聶」とされたり或いは「扎木年」または「扎年」と表記されたりするが、チベット語の原綴りは sgra snyan 直訳すれば「美しい音(を出す楽器)」という意味を持つ。唐代に漢土から伝わったとする説もあり、そのころのものと伝承される楽器がラサの博物館に保存されていると伝えられるが、その真偽は定かではない。

写真1:唐時代の文成公主と関連付けられて伝えられるダムニェン

写真1
写真2

 また、楽器上にカルマパの持物であったというインスクリプションが残ることから明代の遺物とされるものも保存されている。これらの写真をみると、現在のものと構造上大差はないように見受けられる。

写真2:カルマパの持ち物であったと伝えられるダムニェン

 現在の楽器形態や、その奏法がいつごろ確立されたものか明らかではないが、遅くとも17世紀頃にはほぼ定まっていたのではないか、と推測されている。1688年に著述された『Mig yid rna ba'i dga' ston 'gugs pa'i lcags kyo 』という書物にはすでに現在の調弦法や奏法に似た記述が読み取れるという。

 後述する「ナンマ」や「トゥーシェー」と呼ばれる音曲のジャンル(これらの伴奏楽器としてダムニェンは普及してきた)に則して様々な楽曲が作られていくのは、18世紀後半から20世紀初頭にかけての期間である。大きな影響を与えた人物は、ドリンパンディタ・テンジンペンジョル (1760生れ没年不詳)である。テンジンペンジョルは政府の役人としてグルカ戦争時にはネパールに赴き紛争の解決の為に奔走した人物であるが、若い頃から音楽とくに器楽に強い興味を持ち、ダムニェンを学んだという。最初期の師匠の名は、mGon skyabs tshe ring と dgos dgos g-yul rgyal なる音楽家であったと記録される。1792年に清の乾隆帝に面会するために北京に行き、その北京滞在時に中国の器楽や奏法も学んでいる。帰国の後は隠棲して、「ナンマ」や「トゥーシェー」の楽曲を作り、これらのスタイルを確立する活動をなしたのである。この時期に作った『ケルパサンソン sKal pa bzang song 』と題される楽曲は今日でも頻繁に演奏される名曲として名高い。その歌詞に織り込まれた「ドリンラセ・クシャプ」とはテンジンペンジョル自身のことであるという。

 今日の演奏スタイルに重要な影響を与えたもう一人の人物は、アチョ・ナムギェル A jo rNam rgyal という名の芸人である。トゥーシェーの名曲『アチョエデA jo'i bde』で詠われている人物である。アチョ・ナムギェルは、1894年に南チベットのタクポで生れた。彼は幼児の頃に失明し、7才の頃から歌やダムニェンを学んだという。10才頃の或日ラサからの旅行者が彼の演奏を聞き、ラサに進出する事を薦めたという。12才の時にラサに行き、ラサで昼は流しの芸人としてダムニェンを弾き、夜は或る建物の門前で犬と寝るという生活をしていた。やがてその建物の主の好意で軒を借りることになった。夏のリンカ(野遊び)の季節になり、アチョ・ナムギェルもその家族に連れられてそのテントで余興として演奏している内、或る芸人集団(ナンマ nang ma) の目にとまり、その演奏の技術を買われてその集団に参加することになる。

写真3

写真3:リンカ(野遊び)で演奏するナンマ団(1930年代)

 そのナンマの団長は、アプトゥラマ Ab tu ra ma という名前の人物で、父がカチェすなわちカシミール系の人で、母がチベット人であったという。アプトゥラマもアチョ・ナムギェルの芸に惚れ込み、さらに多くの歌曲や他の器楽演奏の技術も教えて彼を育てたという。

アチョ・ナムギェルが作った有名な楽曲『ラプセル・アプトゥラマ Rab gsal ab tu ra ma』はその団長を詠ったものである。この団に所属するカシミール系の芸人の影響によりカシミール風の音の使い方が「ナンマ」に導入された様だ。具体的には B (シ) の音の効果的な使われ方にそれが現われていると言われる。やがて1922年に、アチョ・ナムギェルは27才の若さでこの芸人集団の団長に選出されて活躍した。

 彼はショトン祭でのラモ(歌劇)の幕合に演奏されるツァン地方の民謡(トゥーシェー) 『プイサムリンゴンパ Phu yi bsam gling dgon pa』や『タンソンラ Drang srong la』の演奏に触発されて、それを都会風にアレンジして「ウー地方のトゥーシェー dbus kyi stod gzhas」という新しいスタイルを作り上げていった。今日「ナンマ」「トゥーシェー」と並称される場合の「トゥーシェー」のスタイルはこの頃に確立されたのである。(以前に発表した拙稿でアチョ・ナムギェルを女性芸人であると書いたが、それは誤読と思い込みによる全くの誤りであった。深く反省しここに訂正します)

3)ダムニェンの構造

 楽器の大きさは大中小のほぼ三種のものが認められる。長いものは全長が1メートル25センチ程、平均的なものは全長が1メートル10センチ程、主に高音を出すための小さいものは、全長が1メートル程のものがある。

 弦は普通は1コース2弦の合計6弦であるが、2弦づつユニゾンで調弦されるから音の数は3弦ということになる。ブータンに伝えられているダムニェンは棹の途中から7弦目が張られる。これは中央の音のオクターブ上の音に調弦されトレモロ奏法でドローン(持続音)を出すように演奏される事が多い。

写真1

 楽器の胴体部分は桃の木やサンダルウッド(檀木)を刳り抜いて作られその上に動物の皮が張られる。最近のチベット自治区内でのダムニェンの多くはツァン地方のシカツェで制作されるものが多いが、胴体が昔のものと比べて平たくて、皮も鋲で留められている。

 伝統的なものは皮は膠等で張り付けられ、亡命音楽家達が使用するものは今日でも胴が厚い。刳りぬかれた胴体は継ぎ目なく棹の約3分の1近くまで伸び、内部に共鳴の為の空洞が刳られている。

 棹部分は胴体に巧みに直結されているが別の材であり、指にあたる部分はさらに別の材質で覆われることが多い。棹にはフレットがなくこの点は中国南部一帯に拡がる三弦の構造と同じで奏法に共通させる理由でもある。後に述べる奏法とも関係するが、指で押さえられる部分は棹の端からほんの少しの部分なので棹のその他の部分に装飾が施されることが多いのがダムニェンの特徴でもある。糸巻き部分は後ろに彎曲した半円形で同じく木製の糸巻き具が穴に差し込まれ糸が張られる。現在では木製の糸巻きを飾りとして実際には金属製のものを取り付けたものもあるが、亡命音楽家達はこれを嫌う。糸巻き部分の先端は、多くの場合は平坦な形であるが、木彫りの装飾が施されこともある。ブータンのダムニェンでは龍の首の彫り物が多いが、チベットでは馬の首やガルーダの彫り物もある。

 胴体に張られる皮の材質は、昔は羊や山羊の皮或いは蛇や猿の皮が使われたようだが、現在では犬や猫が使われることが多い。歴史的には魚の皮が張られた事もあったようで、歴史のところで言及したカルマパの御物のダムニェンは魚の皮が張られているという。

 張られた皮の上に木製の駒が立てられそこには6本の弦のガイドの溝が彫られている。駒の位置を微妙に調節しながら音質を調節する。弦の材質は、昔はガット、つまり羊や山羊の腸が弦として張られたが、現在はナイロン製のもの、多くの場合はバトミントンラケット用に作られた糸状に編んだものが使われる。

4)奏法の特徴

 ダムニェンの胴体部分は括(くび)れて、そこに窪みが作ってある。座って演奏する場合は、その窪みを右足に合わせて載せて演奏する。立って演奏する場合や、演奏しながら踊る場合には紐で吊るすが、その繋ぎ場所は胴体横と棹の途中に金具が設置されていてそこに結び付ける。紐は右肩だけに掛け、両肩の後ろに紐がまわされることはない。これは演奏される時に右手首から数cmのところを胴体の端に当てて手首のスナップを利かせて演奏されるので、そこに紐からの反発力を集中させ、腰と腕とで挟みやすくする為である。ただし、ブータンのダムニェンは立って演奏される場合でも紐で吊るされることはなく、脇に高く抱え挟まれたまま演奏されるようである。

 最も基本的な調弦は構えて上方向から2弦分が A(ラ)、中央の2弦が D(レ)、そしてである。但し、他の多くの弦楽器が下方に行くほど音が高くなるのとは下方の2弦は G(ソ)の音違い、平均的なダムニェンの調弦では G の音は第1・2弦の A(ラ)の音よりも低い G(ソ)に調弦される。これがダムニェンの独特の味わいと奏法、そしてそれによって独特の乱拍子を生み出すのである。

 中央チベットのツァン地方を中心に歌われてきた民謡の伴奏で使われるダムニェンの調弦は上記のものとは違い、下方の2弦がオクターブ高い G(ソ)にされるか、或いは本来の中央の2弦の音つまりD(レ)に調弦され、中央の2弦は A(ラ)に、そして上方の2弦が低い G(ソ)に調弦されて演奏される。さらに、西部のガーリ地区では、 G(ソ) C(ド) F(ファ)と調弦されるようだ。

 さて、弦を弾く場合に使われるものは、古くは動物の角、最近では竹の小片材で作ったピックであるが、このピックは穴があけられ細い紐がとおされ胴体部分の端に結びつけられている。これは演奏途中で手の振りを伴う踊りがある場合に一度放したピックを取り安くする為である。

 ピッキングは基本的に多くの他の撥弦楽器が上から下にピッキングされるのとは対象的に、上方に掻き上げるようにして弾かれるのを基本とする。但し一番下方の低いG(ソ)の弦を弾く場合には上から下にピッキングされる。この上方へのピッキングと下方へのピッキングの微妙なタイミングのズレがダムニェン演奏に独特なリズムの溜めを生み出している。

 弦を押さえるポイントはフレットがないので、その意味では自由に音を選べるが、歌い踊りながら演奏される関係上、三味線のようにハイポジションを使って演奏されることはない。ほとんどの場合 A(ラ)を開放弦とする弦では C(ド)までしか押さえられることはなく、 D(レ)を開放弦とする中央の弦では F(ファ)までしか押さえられることはない。従って棹も棹の中央部分までは装飾がほどこされ指で押さえられることを前提としていない。

 フレットがないので、経過音は出しやすく、低い音から高い音への経過音「ヤルシュ yar shud」や、高い音から低い音への経過音「マルシュ mar shud」と呼ばれるテクニックや、押さえる指の圧力を変える「デムネン ldem mnan」と呼ばれる奏法を生む。また、津軽三味線などで多用される左手だけで音を出す奏法として、打弦「テプツァー mtheb tsag」とか空弦「テプトン mtheb stong」と呼ばれるテクニックもある。

5)演奏される曲目

 今日ダムニェンを使って演奏される音楽分野は、大きく分けて民謡と宮廷音楽、そして歌劇であるが、これらは聴衆を区分けしている訳ではなく一般市民にとっては何れの分野も人気が高く、そして広く親しまれた曲目がそれぞれに多い。そしてこれらは相互に、民謡を素材として宮廷音楽が作られ、また歌劇の内容が民謡として歌われるというように、相互に深く影響を与え合っている。

 民謡の分野では、シカツェを中心としたツァン地方の民謡では伴奏にダムニェンが使われることが多い。これはチベット東部のカム地方の民謡が擦弦楽器のピワンで伴奏されることが多い事と対比されて注目されるだろう。

 代表的なダムニェン曲は、数種に大別することが出来る。「ナンマ」と「トゥーシェー」、そして「ガール」と称される三種の異なった曲相が好まれて演奏されるのである。「ナンマ」や「トゥーシェー」では、一曲の中に、浪々とした調子の「デーシェー dal gzhas(おそ調子)」と一転してリズミカルな「トゥクシェー 'khrug gzhas(はや調子)」の部分を持が、これらは輪踊りされる場合に独特の効果を生み出すのである。

 「ナンマ」と「トゥーシェー」「ガール」のそれぞれの特徴と代表的な曲を紹介してみたい。

a)「ナンマ nang ma」

 「ナンマ」は三つの部分で構成される。先ず「導入部 sngon 'gro 'jog」そして曲の中心部の「デーシェー dal gzhas(おそ調子)」そして最後に締めくくりの「トゥクシェー 'khrug gzhas(はや調子)」の部分である。最初の導入部には、器楽演奏のみで歌や足踊りは付属しない。中心部の「デーシェー(おそ調子)」はあくまで歌が中心で踊りは多くの場合なしで演奏される。締めくくりの「トゥクシェー(はや調子)」では一転して器楽演奏と足踊りが中心となる。曲によってはトゥクシェーの途中で再度おそ調子の歌が挟まれる事もあるがその場合でも演奏が終了する時には「はや調子」で終えられる。

 代表的なナンマの楽曲は「キーペーニンマ skyid pa'i nyi ma」「ギャカルシャル rg;ya gar shar」「アプトゥラマ ab tu ra ma」「アマレホ a ma le ho」「ケルパサンソン skal pa bzang song」「ソナムヤンチェン bsod nams dbyangs can」等である。

b)「トゥーシェー stod gzhas」

「トゥーシェー」はもともとは中央チベットの民謡を元歌として都会風にアレンジしたものである。同じく「デーシェー dal gzhas(おそ調子)」と「トゥクシェー 'khrug gzhas(はや調子)」の部分を持つが、「ナンマ」と違って「デーシェー(おそ調子)」にも「トゥクシェー(はや調子)」にも定型化された「導入部 sngon 'gro 'jog」があり、そして「トゥクシェー」の終りにも定型化された「結び mjug」の部分を持つ。これらの定型化した導入部や結びはすべての曲で同じ演奏がされる。

 「デーシェー(おそ調子)」の導入部とデーシェー本体を欠いた、トゥクシェーの導入部から結びまでだけで出来上がっている歌曲も作られるようになるが、これを「トゥーシェー 」とは別の分類をして「トゥクシェー 'khrug gzhas」と呼ぶ場合もある。「トゥーシェー」の発展短縮形と考えてよいだろう。

 代表的なトゥーシェーの楽曲は「ダウェーションヌ zla ba'i gzhon nu」「シャルルンタク shar lung brag」「ゼーペーラモ・プティー mdzes pa'i lha mo bu 'khrid」「カムパラモ gam pa la mo」「スクゼーヤラ gzugs mdzes yag la」「アチョーストゥプ a jo bsod stobs」「プイサムリンゴンパ phu yi bsam gling dgon pa」等である。

 トゥクシェーでは、「シカツェパ gzis ka rtse pa」「チャラペーサム phyag la phebs sam」「チャツァンゴツァン bya tshang rgod tshang」等が有名である。

c)「ガールgar glu」

「ガール」という歌曲形式では、「ナンマ」や「トゥーシェー」と違ってほぼ同じ調子で浪々とメロディーが進行する。歌詞も繰り返しが少なくその発音にも特徴がある。本来は一音節の単語が多音節のように歌われて添後字が独立して発音される傾向にある。例えば「ノルプ nor bu」を「ノラーアープー」というようにである。

 代表的なガールの楽曲は「ペルキ・チューコル・ラサ dpal gyi chos 'khor lha sa」「ギャカルケーパ rgya gar mkhas pa」「クンレクノルプ kun legs nor bu」等である。

写真5

  

 ダムニェンを使った楽曲は現在でも人気が高い。写真は亡命チベット人が設立した音楽学校で練習する若い芸人たち(Thangtong Lhugar Tibetan Performing Arts, Villege Sarah, Dharamsala)




(「チベットの撥弦楽器ダムニェンの奏法と演奏曲」『-- 音のシンポジウム-- 三味線のルーツを探る』2007年12月 佛教大学アジア宗教文化情報研究所で開催されたシアター公演のパンフレット(pp.12-21) に一部手を加えて再録した)