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チベットの暦法と占察

 チベット人は実に占い好きな民族だと言ってよい。毎年発行されるその年の暦本(チベット語では lo tho ロトあるいは zla tho ダトと呼ぶ)がどこの家にも必ず常備されていて、なにをするにもその日その時の運勢を気にする。一日はまず六時に分けられ、更に二分されて子の刻、寅の刻というように都合十二の干支(えと)の名前を付けて、その日々、時々で運気が変わると思われている。次の日にはその同じ時でも別の卦が出る。時間さえそのように気にするのであるから、日付けや曜日を気にするのは勿論のことである。
 さて、チベットでは一般に時間の区切りとしての暦を「カルツィ− dkar rtsis 白算(本来は skar rtsis 星勘定の意)」と呼び、それに基づく占いの部分を「ナクツィ− nag rtsis 黒算」と呼び習わす。
 時間の区切りとしての暦は、いわゆる太陰太陽合併暦である。カーラチャクラ(時輪)タントラの記述に基づく暦の体系に基づきながらも中国や中央アジアからの様々な影響のもとに成立してきたと考えられている。カルツィ−の伝統にもプク Phug 派とツル mTshur 派という二つの異なった流儀があるが、ダライラマ五世の摂政を務めていたサンギェギャムツォ Sangs rgyas rgya mtsho が著した『白瑠璃の瓔珞Baidur dkar po'i do shal dpyod ldam snying nor』を主な典拠とするプク派が優勢を占めているという。

 占いとしての暦ナクツィーに関しては、サンギェギャムツォが著した『白瑠璃の瓔珞』とミンドリン寺の翻訳僧ダルマシュリーによる『五行易の教誡・月光 'Byung rtsis man ngag zla ba'i 'od』が主な典拠となっている。その重要な要素として、九星(sMe ba dgu)や八卦(spar kha brgyad)があるので中国から移入された部分が多いものと考えられている。
 毎年発行される暦本には、直訳すれば「痣の輪」(sMe ba'i 'khor lo)と称される九数字表が示されていて、それを使って占いを立てる。生まれ歳に相当する九星は、日本流に言えば、一白水星であるとか、六白金星というように決まっているが、チベットの九星でも概ねその名称は同じである。すなわち、

● 一白金星 gcig dkar lcags
● 二黒水星 gnyis nag chu
● 三碧水星 gsum mthing chu
● 四緑木星 bzhi ljang shing
● 五黄土星 lnga ser sa
● 六白金星 drung dkar lcags
● 七赤火星 bdun dmar me
● 八白金星 brgyad dkar lcags
● 九紫火星 dgu dmar gyang me

である。これらを見ると、五行の配属の点で異なっているのが見て取れる。九数字表の見方は、自分の生まれ年のその数字を基本として九進法での自分の年齢の一桁目をこの九数字表で辿りながらこの年の運勢を探るのである。

 同じような表を使って八卦の占いも行われるが、こちらのほうは八進法で、自分の歳や母親の歳などを足したり引いたりして巡りながら卦を決定する。八つの卦(spar kha)の名称は、

● li me 離火
● khon sa 坤地
● dwa lcags 兌金
● khen gnam 乾天
● kham chu 坎水
● khin ri 艮山
● zin shin 震木
● zon rlung 巽風

である。

 一般の人がツィーパ rtsis pa と呼ばれる占い師に特別に依頼して占ってもらうことは、結婚と葬儀に関することである。結婚に関する占いは普通パクツィー bag rtsus と称される。やはりチベットでも相性の善し悪しを占うのが最大の目的であるが、しかし少々の相性の悪さは、寺院に多大な寄付をなす、というような功徳で消えると指導される。葬儀に関する占いは、シツィー shi rtsis とよばれて、普通は葬儀にもっとも適する日を算出してもらう。その日までは、弔いを何日でも待って過ごすのである。このような専門の占い師は普通は僧侶ではない。

 さて、チベットには暦とは直接関係のない占察も数多く伝えられている。もっとも有名なのは、烏(からす)の鳴き声による占いである。この占いはチベットがまだ吐蕃(とばん)と呼ばれていた古代の頃から伝わっている伝統的なものである。烏の鳴く時刻や方向などによって吉凶を占うのである。方角が真上を含めて九方向、時間が十区分に分けられてそれぞれで烏の鳴き声がいったい何を表すのかを解説した古代の文献が発見されている。例えば、東の方角から夜明けに鳴き声が聞こえたときには雨に遭う。日の出に北の方角から聞こえた時は賊に遭遇する。西南の方角から黄昏に烏の鳴き声を聞いた時は南方から人が来る。というように合計九十種類の鳴き声が説明されている。

 何枚かの銅貨を投げて、その表裏の出方によって占うものもある。普通は十二枚の表裏で占いがたてられるという。骰子(さいころ)による占いも古い時代からのものがある。今のように六面であったかどうかは分からないが、一から四の目しか記録されていないので或いは細長い四角のもんであったかもしれない。これを三回ふったようだ。

 最後に僧侶たちが日常におこなう素朴な占いを紹介しておこう。それは数珠によるものである。百八数珠を無作為に両手で持って、そこから二珠ずつ両手で同時に繰って両手で近づけていくのである。最後に残った数は一から四で、それぞれに意味を持たすのである。一珠残りは mgyogs ngo 待ち人や心待ちにしていることが早く実現する。二珠残りは khad gyod 悪い卦。三珠は grog ngo 良い卦。そして四珠残ったときは gzhi chen po 心待ちにしている事は訪れないという卦であるという。お母さんからの便りを心待ちにして数珠を繰る小僧さんの姿が見えそうに思える。

参考文献
 時間の区切りとしての暦の研究は、山口瑞鳳博士と大橋由紀夫氏の綿密な研究に頼るほかはない。
山口瑞鳳「チベットの暦学」『鈴木学術財団研究年報10』
山口瑞鳳「チベット暦置閏法定数の意味と歴史的閏月年表」『成田山仏教研究所紀要13』
大橋由紀夫「プトゥンの天文暦法」『チベット仏教と社会(春秋社)』等
 暦学に関する簡単な辞書が中国から出版されている『蔵漢暦算学詞典(四川民族出版社)』。
チベットの占察に関する体系的な記述は今のところ存在しないが、本稿では『チベット(東京大学出版会)下巻』中の山口瑞鳳博士の諸論説ならびに王堯・陳践共著の『吐蕃時期的占卜研究(中文大学出版社・香港)』の訳と解題によった。立花孝全編『密伝ラマ占星要門(日貿出版社)』にも概要が試みられている。

(「憑霊が生み出す科学−チベットの暦法と占察−」月刊『言語』1991年12月号に一部手を加えて再録した)