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チベット料理あらかると

ある特殊な例をのぞいて、チベット人の胃袋は大麦と肉によって満たされてきたといえる。大麦は、チベットの人々の努力によって改良され高度4500メートルのところにまで生育するようになり、チベットのほぼ全域が耕作可能地になったという。高度の高いチベットの国では、米はきわめて贅沢な食物であったようだ。ただし、最近では中国との交易も盛んになり、中国料理の影響もあって、かなり米食も普及しつつある。他方、点在する草原が生み出した産業・牧畜はチベット人やモンゴル人の胃袋と舌とに対し、肉食と乳製品による食生活を習慣づけることに成功している。野菜の種類はさほど多くなく、中心となるのは白菜と大根である。 チベット語の「料理する」という動詞は 'tshod pa, 'tshed pa ですが、これは tsho ba 「生きる・生活する」と深く関係しており、「野菜」に 'tshe ba 「手を加え」て tshal ma, tshod ma 「菜」に変えることを指しているとも考えらる。また、この語は主として「煮る」ことと「蒸す」(蒸気で蒸す rlangs pas 'tshod pa)ことを意味しており、チベット人にとっては「焼く」 sprag pa 、「揚げる」 rngod pa(油で揚げる snum nang la rngod pa)など他の料理法が、「料理」という概念のなかでは副次的なものであったことが暗示される。 前置きはこのぐらいにして、それでは箸(サトゥル za thur、あるいはコーツェ kho tse と呼ばれます)をとって食卓にならべられたチベット料理の数々を味わってみよう。

汁もの トゥッパ thug pa

 汁ものを総称してトゥッパと呼ぶが、この名の下には多種の異なった料理がある。ラーメン(老麺)は今日広く親しまれている料理のひとつだが、チベットではこれをギャトゥッ rgya thug(中国のトゥッパ)と名付けている。それに対してうどんの煮込み風のものをプトゥッ bod thug (チベットのトゥッパ)と呼ぶ。また「きしめん」状のものはトゥッパ・チィツィ thug pa chis tsi 、ワンタンはフェチョーツィ hrus cho tsi と呼ばれる。これらは中国語名の音写だと思われる。アムド(北部チベット)地方風のトゥッパはアムトゥ am thug ともテントゥッ 'then thug とも呼ばれ、麦粉を練りそれを手で細かく引きちぎり、汁と共に煮込んで作る。その変形としてパクトゥ bag thug がある。これは練った麦粉を小さく丸め、それを手のひらに乗せ、指の腹で押して小さいお椀型のだんごを作り、汁と共に煮込んで作られる。以上に掲げたトゥッパは、いわゆる「だんご汁」の類だが、他にも麦こがし粉(ツァンパ tsam pa )を汁に入れただけのツァムトゥッ tsam thug や「米粥」デェートゥッ 'bras thug など、トゥッパ料理は実に多彩である。

ご飯もの デェー 'bras

 インドに住むチベット人たちは肉入りカレーライスをシャンデェー sha bras と呼ぶが、本来この料理名は日本の肉丼風のものを含め肉入りご飯もの料理を総称していたようだ。これと似た名をもつご飯料理としてションデェー zho 'bras がある。これはその名が示すようにショー zho (ヨーグルト)とデェー(ご飯)とを混ぜ合わせたもので、それに砂糖をふりかけて食べる。また、ご飯と肉、マルク mar khu (バターを溶かしたもの)、なつめ、ぶどうなどを混ぜ合わせたパクツァマ pag rtsa ma というご飯料理もある。

饅頭もの モモ mog mog

 私たち外国人の味覚感覚からいって最も美味なチベット料理はこのモモ料理ではないだろうか。その中で最も一般的なものはシャ・モモ sha mog mog (肉饅頭・餃子の類 写真です)だ。同じく蒸気で蒸して作られるモモの一種にミニャクポリ mi nyag po li がある。これは、麦粉で作った皮の中にマル mar (バター)、チェマカラ bye ma ka ra (砂糖)、チュラ phya ra (チーズ)などを入れて蒸した料理だ。また、あぶら身の肉を中に入れて熱灰どこ( me ma mur, me mdog )で蒸したものはツィルモモ tshil mog mog と呼ばれる。

これがモモです!
これがティンモです!

 このようにモモ料理は、料理法からいえば「蒸しもの」に属し、私たちが普通「蒸しパン」と呼ぶものさえもティンモ sprin mog (写真)と名付けられ、モモであるとされる。

パン料理 パレ bag leb

 インドで目にするチベット風のパンは大体直径15〜20センチ、厚さ2センチほどの円盤形に焼きあげられ、味は淡泊で、普通コェコ kos ko と呼ばれている。アムド地方風のパン(アムドェパレ a mdo'i bag leb)は、ひとかかえもあるほど巨大に焼きあげられ、馬などの両腹につるされて携帯食糧とされる。油で揚げた「揚げパン」ユェシャン yos shang は軽食としても好まれている。

ソーセージ ギュマ rgyu ma

 ソーセージを総称してギュマと呼ぶが、この名は主に血を大量に入れて作るものを指している。血を入れず に脂身や肉やコショウを多く入れたものはユェ gyos と別称されているようだ。

ツァンバ料理 tsam pa

 チベット人自身が最もチベットらしい食べ物として掲げるのが、このツァンバ料理である。一口にツァンバ料理といってもツァンバ(麦こがし粉)を湯やお茶で練っただけの簡単なものから手の込んだものまで、非常に多種な展開を示している。ここでは代表的なものとして、パクツァマルク pag tsa mar khu を紹介してみよう。この料理の中にも数々のバリエーションはあるが、普通次のように作られる。まず湯の中にツァンバを入れ、その後に湯を捨てる。その上からマルク(バターを溶かしたもの)を入れ、さらに砂糖をふりかけて完成である。

肉料理 シャ sha

 肉を多量に食する習慣は寒冷な気候に起因するものなのか、あるいは遊牧の民を先祖にもつ文化的伝統からか、とにかくチベット人は僧俗問わず肉を実によく食べる。「汁もの」や「ご飯もの」にも肉はふんだんに使われるが、独立した肉料理として食べる場合もある。肉料理として最も簡単なものはシャジェンポ sha rjen po 即ち「なま肉」である。「ほし肉」や「くんせい肉」などの加工も一般的で、かわった食べ方として、なま肉を凍らせて食べる料理キャクシャ khyags sha もある。また、冬の寒い日にチャタプ lcags thab (ストーブ)の上で焼くシャタク sha sprag (焼き肉)の味もチベット人の生活には欠かせない。魚介類の肉はきわめて稀にしか使用されないが、エビ she mo やカニ sdig srin などを入れたギャコク rgya khog (中華風水たき)は広く知られた料理である。




(「チベット料理のあれこれ」『東洋思想』昭和54 に一部手を加えて再録した)