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五感の巡礼路

色 視線の先には来世がある

 人間が赤ん坊として生まれて、最初に見えるものは母親である。鳥類は最初に目の前を横切ったものを母親と思い、どこまでもそれを母親と思ってついてゆく。それがたとえ飼い主の人間であってもだ。人間の赤ん坊はある時期までは目が見えないと以前までは思われていた。しかし実際には、焦点距離を調節する筋力の関係で一定の距離のものしか見えないようになっている。それは抱かれて乳房を含んだ時に目が合う母親に焦点が合わされているのである。そのとき見えた生き物が全幅の信頼を寄せるべき母親なのである。

 ビデオテープを文字通り停止させてしまうと画像を結ばなくなることを、最近まで知らなかった。止まらぬ時間経過の中で、我々は光の束が画像を結んでそれが特定の概念と結びついた一群の表象を持つことを不思議とは思っていない。そこに疑いを持つものはきわめて少ない。最初に結ぶ画像は"母親"という概念もまだない表象である。しかしここに最初のトリックがある。視覚が成立するためには厳密にいえば、止まることのない時間経過をきわめて短時間ではあっても停止させて像を結ぶ必要があるのだ。そしてその結んだ像から概念が形成されるのではなく、多くの場合は概念からその像が決定されるのである。としたら、我々が目の前で現にいま見ていると考えるこの現実は、我々自身の概念が作り上げた世界かもしれない。一つ一つ画像の共通項を括る形で赤ん坊はさまざまな概念を獲得していく。丸と四角と三角はトポロジカルには同一の存在であるが、それらが分化され細分化されて知識の世界が序々に構築されていく。しかし、知識の増大は同時に、それに纏わる煩悩の増大でもあることを釈尊は指摘した。人々の欲求は知識が作り上げた概念の数だけ存在するのである。視覚を含めあらゆる感受作用は種の保存という生物の前提ともいえる本能のためだけに存在する。そのためには個体生命を保持する必要があり、そしてそのために我々は欲望を付与されているのである。

 聖なるものが形をもって我々の目の前に現れる。こんな不思議なことはない。見えるということ自体に潜在的に欲望が内在しているからだ。しかし、個体として最初に作り上げた母親の形象は恐らく意味を持つ形の中では最も聖なるものに近い形象であろう。煩悩をすべて削ぎ落として放棄して、何もかもなくして気がつけば、目の前にあるものは、最初に見上げた母親なのだ。タシルンポ寺院には、巡礼して拝めばそれだけで解脱が約束される"トンドゥル"と称される弥勒大仏像がある。その仰角はあの懐かしい母親の懐に抱かれた時の仰角なのかもしれない。

 いま、巡礼者達は五体投地をし、自らの煩悩を一つ一つ放棄しながら足下に続くこの前世の道を進んでいく。ふと見上げれば、そこにははじめて見る懐かしい来世での母親が微笑んでいるではないか。

声 現世で鳴る浄土の声

 いま、巡礼たちは峠に設けられたタルチョク(祈りの旗)のはためきを見ながら、黙々と次なる巡礼地である僧院へ向かって峠を越えようとしている。足下を見下ろせば、前方には曲がりくねったひとすじの長い道と遙か向こうには僧院らしき影があるが、その前方は漠として見えてこない。

 この峠で聞こえるものといえば朧気に繋がっている意識さえも切り裂かれてしまうようなヒューという高周波の音と、耳から溢れ出すほどに唸り声をあげているゴーという低周波の風の音だけである。酸素不足を感じているのに呼吸をすることさえも躊躇されてしまうような強烈な向かい風に体重を預けてのめり込みながら巡礼たちは道を進んでいく。唱えるマントラ(真言)もすべて即座に吹き飛ばされてしまう。そうか、いま唱えたマントラは借りていた過去世のものだったのか。

 人間の耳から捉えられる音の領域がすべてではない。犬笛の音は人間の耳には聞こえないが犬には聞こえるという。そういえば、チベット僧院の法要で奏でられる宗教音楽の楽器はいやに低い音や反対に妙に乾いた高い音のものが多い。巡礼たちが僧院にたどり着き、大伽藍に足を踏み入れた途端、彼らは、聖なる音のシャワーを浴びるのである。お腹に響くような重低音のドゥンチェン(儀礼用の管楽器)の音。脳幹に突き刺さるようなダマル(瞑想の時に使う小さなデンデン太鼓)の響き。人類が捉えられる周波数ぎりぎりの音なのである。普段の生活での音とは明らかに違う。概念分別を拒絶するかのように聖なる音は巡礼たちを圧倒し、人々は聖なる空間の中で口を閉ざしてしまう。かつて遭遇したことのない音の前で我々は、それに結び付けるべき感受作用を探しあぐね戸惑い、日常の流れは分断されてしまう。

 シャーマンたちが憑依の儀式を執り行う時、彼らは普段の音ではない或る特定の音を合図に乗り移りを開始する場合が多いと聞く。脳の中の特定の部分を刺激して、特別な状態に一気に入り込むのであろう。その音は神仏をインストールするためのアイコン=イコンとしての機能を持っているのである。種字(特定の尊格ごとに定められたイニシャル)やダラニ(呪文、仏が発した言葉に由来するという)をクリックする行者に、そのアイコンが指定し特定する神仏がインストールされる。形ある絵画的イコンと違って音のイコンは本体としての、あるいは内容としての「さとり」の状態に、よりダイレクトに接近しているともいえる。なぜなら、絵画的イコンと違って音のイコンには何からの具象物を限定するだけの機能は付与されていないからである。言語とみなされる音の並びはふつう「声」と呼ばれるが、音自体が文法を持つ訳ではない。

 意味を持つか持たないか、ぎりぎりの所にあるのが、聖なる音としてのマントラとかダラニであろう。ただ意味もわからず唱えていて効果のあったダラニの意味を教えられた途端、その機能が果たされなくなった、という逸話はチベットに多い。老練なチベット僧の唱えるダラニを聞いた者が、一様に驚くのが、その速度である。恐らく彼らは脳の中の言語野でそれを捉えているわけではないのだ。

香 香りをくぐり身を清める

 目も眩むほど明るいチベット高原の光の中を歩きぬいて、対照的に随分と薄暗い大僧院の伽藍の中に勇んで片足を踏み入れると、一瞬何も見えなくなってバランスを崩し、ぬるっと足を滑らしそうになる。灯明のためのバターが零れているのだ。同時にこのバターの灯明はむっとするような独特のにおいを発生している。まるで壁に掛けられたタンカ(かけじく状の仏画)の中で猛り狂う、牛頭をもったヤマーンタカ(無上ヨーガタントラの主要な尊格の一つ)から発散される雄牛の体臭のようでもある。これがチベット僧院の匂いのイメージを決定的に特徴づけている。

 中国や日本の仏教寺院では参拝者が捧げる線香の香煙と匂いがたちこめるが、それはその香りを聖なるものに捧げることで供養をなす事が目的とされる。もともとインドでは立ちの昇る香煙に乗せて展に留まる神々に供物を届けていた。やがて煙に乗って聖なるものが来臨をなすと考えられるようになり、その来臨を清らかな香りでもって歓迎する、という様に変化してきた。香り、花、音楽、舞踏、インド起源のこれらの供養の手段は、もともと来客をもてなす手段でもある。曼陀羅の供養天女たちはそれらを象徴している。

 念願の僧院へ参拝したチベットの巡礼者たちは立ち並ぶ仏前への捧げものとして自らが作ったバターの片を数多くの灯明の皿の中に加え入れるという行動をとる。家畜と共に生活するチベット巡礼者にはもっとも似合った自然な供養法なのである。無論、僧侶はなけなしの御布施を巡礼たちから集めることは忘れない。

 瞑想の触媒として音と共に重要なものは香りであろう。パブロフの犬ではないが、宗教体験が香りによって誘発されるということは十分に考えられるのである。香りは脳の機能の中でも特に記憶と素良い結びつきあると考える人は多い。実際、匂いによって忘れかけていた記憶が思いがけず蘇ることがある。チベットでの出来事が家畜の匂いで一挙に蘇ってくるのは私だけではないだろう。

 匂いがある特定の生物行動を促すこともある。ムスク(麝香)のコロンを纏う男性にすぐに惚れてしまう律儀な女性を知っている。情熱的というべきか、はたまた動物的というべきか。"匂う"ということの本質は意外とその辺りにあるのだろう。異性を惹きつけるきわめて微細な匂いも動物の嗅覚は嗅ぎ分けられるように本来なっていたはずだ。チベットにも、実際には匂うことのできないヤマーンタカの体臭に密かに心引かれるそんな女性がいるかもしれない。

 大きな包容に集まった巡礼たちの間を、香草を金属製の駕籠の中で焚きしめたものを紐で振り回しながら若い僧侶が、香りを振りまいていく。まさしく振りまいていくという感じだ。チベットの巡礼たちはこの香りの中で身を清め、参拝できた幸せをかみしめるのである。

味 チベット茶の塩味は血の味

 チベット茶を日本の家庭で手軽に作れないものかとあれこれ試行錯誤したことがあった。結局は、紅茶をできるだけ濃く出して、それに脂肪分の多いヤクのミルクの代わりにコーヒーフレッシュをたっぷりと混ぜ、さらにバターと塩を加えてミキサーで攪拌するのが、もっともよいと結論した。最初、私にはみそ汁の味がするように思えたが、誰だったか、チベット茶は血の味がするといった。奇妙な表現だと思っていたが、大変な卓見だと後で気が付いた。巡礼たちの肉体に欠くことのできない種々の必要な物質がこのチベット茶には含まれている。野菜を採らないチベット人たちにとってお茶は太陽の光と共にきわめて重要なビタミン補給源であり、そして脂肪分も─いまの日本の食事では改めて摂取する必要もないほど過多になっているが─乾燥したチベット高原の気候の中では欠くべからず必需品だといえる。嬰児にとって唯一の栄養源である母乳が血液の一つの様態だと聞いたことがあるが、チベットの人々にとってチベット茶はまさしく血そのものといえるのではないか。

 チベットの伝統医が尿検査をするのを見たことがある。尿の色や臭いをみたまではよいが、次に舌で嘗め味をみたのには驚いた。ワインの品定めではないが、なるほど、熟練した職人技の医者が味をみれば恐らく尿検査としてはもっとも信頼がおける診断ができるであろう。もうこんな無鉄砲な医者に出会うこともないはずだが・・・。

 そもそも、辛い、酸っぱい、塩っぱい、甘い等、これらの味覚を作り上げているすべての要素は、本来はその食物が腐敗や毒を含んでいることの警告を我々に与えるために存在したものばかりである。にも関わらず、我々はわずかな腐敗やかすかな毒を逆に味わいとしてその刺激を喜びはじめ、それを求め、そしてそれに執着するようになった。ここで、味覚は欲望へと急発展していく。美味しいものを味わうために味覚があると錯覚し、味覚の対象がそこに存在すると思い込んだのである。

  人工的で刺激的な味になれた現代人たちは、食物の持つ本来の味を感知できなくなっているという。確かにそうだが、この表現自体ある種の矛盾を含んでいる。本来の味というのは旨いまずいを越えて、栄養素を含んだ命の糧としての食物であるというその事実である。渇いた者[「者」で良いか?]が得た、毒素を含まない水分の価値が水の本来の味であって、それが旨いかまずいかは"本来"の味とは見なされないはずだ。地球上でもっとも旨い水の味とは、渇いた私がいまやっと得ることのできた水であるという事実そのものなのだ。

 チベット茶は血の味がする。そうかもしれない。その血の味は大地がチベットの民のために与えた命の母乳の味である。

触 ゆく道の硬さにも屈せず

 「触覚」と「皮膚感覚」とはおそらくきわめて近いものを指す概念なのであろうが、その言葉の持つ響きは随分と違う。私はどちらかといえば皮膚感覚という方が好きだ。好き嫌いの問題ではないと思うが・・・。

 生命にすぐさま危険なほどの熱感や冷感も含め、環境としての寒暖は普通、皮膚感覚として感知されるようになっている。生命保持にもっとも適切な適温を基準として、それとの格差によって暑さや寒さという感受が構成されているのである。そのギャップが大きければ大きいほど苦痛の度合いはきつくなるし、そのギャップが緩和されていけばそれが生理的に安楽である。つまり求めるものが裏切られる度合いが常に苦の度合いなのであり、充足される度合いが安楽の度合いなのである。我々には高山病になるほどの空気の薄さも、そこで生まれ育ったチベット人たちには当然のことだが何ともない。体が生理的に求める度合いが最初から違うのである。内的な資質がもとから違うのであるから、感受される苦楽の基準も当然異なってくる。

 教育ということが未だ不可能な幼児の時期には、快楽と苦痛の組み合わせによって生命維持に必要な行動が誘導される。お腹がすくという苦痛と何ものかに唇を吸い寄せる快感との組み合わせが栄養の摂取を誘導し、お腹が張るという苦痛と排泄の快感とによって老廃物の体外への廃棄が誘導される。これらがすべて触覚による感受と関係していることはもっと注目されてもよい。あるいは触覚がもっとも原初的な感受作用であるのかもしれない。やわらかさに包まれた体温に私はどこまでも魅かれるが、少なくとも生物の一員としては誤った行動ではないと、いつも自分に言い訳をしている。しかし、巡礼たちが追い求める法悦は当然そのような生理的欲求に対応するものではない。巡礼たちがさかんに口にする「功徳(ユンテン)」という名前の原語は、サンスクリット語の「グナ」であるが、この言葉は「内的な資質」という意味を持つ。それを得るために継続した苦労は、苦痛の対極に据えられた生理的な安楽とは別次元の高次の安楽を生み出す。苦楽を超越した楽なのである。

 功徳は蓄積されるものであって、本来は特別なことがないかぎり一挙に獲得される性質のものではない。したがって巡礼の功徳も一歩一歩自らのすべての感受作用を総動員して蓄積されていくべきものである。思いマニコル(祈りのための道具。中に経文が入っていて回すとそれを唱えたことになる。の金属的感触や、擦り減るほどの礼拝をして触れる石畳の感触が、巡礼者の現世の体に蓄積され来世の糧となっていく。長い巡礼道はその全行程に五体を投げ出して触れてはじめて、功徳を構成しそれが蓄積されるのである。来世に持ち込むことが可能なクレジットはその蓄積された功徳の総量なのである。

(『チベットの巡礼』KDDクリエイティブより)