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2015年印仏学会ちょっとだけ(第五部会)報告

 

 日本印度学仏教学会第66回学術大会が9月19日(土)と9月20日(日)に高野山大学を会場として開催されました。チベット・モンゴル関係は第5部会でした。例年よりチベット関係は多かったように思います。やはりチベット学でも伝統のある高野山大学だったからでしょうか。

 チベット・モンゴル学ウオッチャーの私としては、チベット関係の発表のある第五部会の会場(本館307教室)に19日の午後と20日の午前ず〜と居すわって発表を聞き勉強してきました。以下はその報告です。

19日午後

■山口周子(東方研究所)ウデーナヴァットゥとその周辺 --「ゴーシタ長者前世譚」を中心に

 19日午後、チベット部会1番目の発表は山口周子(東方研究所)さんの発表でした。仏像の起こりに関する伝説では有名なUdayana王には仏像に関するもの以外にも様々な興味深い物語が伝わっています。王妃達が起こす昼メロタイプの愛憎物語やゴーシタ長者の前世譚などです。やがて賢愚経へと発展しそしてモンゴルの『物語の海』へと引き継がれていきます。発表者は様々な言語で伝わる様々なバージョンを比較検討しながら、前世の主人公が入れ換えられながら伝承されていく姿を紹介しています。こういうマルチリンガルなテーマを扱える研究者に憧れます。

■津田明雅(京大大学院)バヴァサンクラーンティスートラ のプダク写本

 今回はプダク写本カンギュルに収載されるテキストを分析した発表が数本発表されました。津田さんの発表したのはバヴァサンクラーンティスートラという経典です。漢訳にも3異本ある経典なのだそうです。チベット語訳の中でもこのプダク写本カンギュルに含まれるものだけは少々訳語や語順が異なるのですが、他の版本や写本にも合わないのに漢訳3本に指示される箇所もあるそうです。漢訳の元となったサンスクリットに、このプダクのテキストの元になったものが近いかもしれない、という発表でした。僕は十分あり得る話しだと思います。
 

■庄司史生(立正大学)プダク写本カンギュル所収の『八千頌般若』について

 庄司さんが注目したテキストはより複雑です。『八千頌般若経』は、二万五千頌の注釈書である『現観荘厳論』が著述された後にその影響を受けて経典自身に構成面等で改稿がされています。つまりサンスクリットの段階で新旧2系統あるわけです。さて、チベット語訳を並べてみると微妙に2種異なるものがあり(ツェルパ系とテンパンマ系)それが元のインドでの2系統をそれぞれ引いているのではないかと言うのです。さらにプダク写本カンギュルには相互に微妙に違う複数の『八千頌般若経』があってその一つはツェルパ系に近く、他のものはテンパンマ系に近いようです。庄司さんはさらに河口慧海が持って帰ってきた単経写本のものと多田等観が持って帰ったこれも単経写本とも比較すると両者は前述の両系統とも異なる第三の系統を考える必要があるというのです。つまりこの第三の系統は新旧2系統両方を参照し統合したことになります。

■米澤嘉康(大正大学)チベット語『律経自註』の翻訳者について

 グナプラバの『律経自註』はチベット僧院教育の中の五明の学習課程では極めて重要です。米澤さんを含む大正大学の研究会のメンバーは、チベットで発見されたサンスクリット写本の『律経』の解読を続けておられますが、その行間に書き込まれた割り註の多くに自註と同じ文章が発見されるんだそうです。『律経自註』の翻訳者はアランカカラシャ と sTeng lo tsa ba Tshul khrims ’byung gnas ですが、このテンローツァーワのサンスクリット名であるシーラアーカーラの名がその割り註の筆録者だと判明しているのだそうです。どう考えたらいいんでしょうね。本当に自註なんでしょうかね。自註風に訳者が創ったのですかね。

■朴賢珍(東大大学院)チベット語訳『華厳経』のプダク写本について

 プダク写本カンギュルに収録されている『華厳経』の訳語を調べて系統を調査してみると、不思議な現象が発見されるそうです。この経典でもプダク収録本には旧訳語ではないかと思われるものが使われているのですが、対応する新訳語へと改訂されている部分がテンパンマ系では前半10章までに限られており、ツェルパ系では最後の10章分だけであって、他の章では旧訳語のままなのです。これってどういう現象なのでしょう。新訳語への改訂作業が手分けして行なわれ真ん中担当者がその語を見逃したのですかねえ?分担して作業していても中にはテキトーな人がいつの時代にも居るんですよね。まあ実体は分かりませんが、注目すべき点を明らかにした発表でした。

■西沢史仁(東大大学院終了)チャパ・チューキセンゲの直接知覚論 - 直接知覚と対象確定作用の関係を中心として

 ゲルク派の僧院教育の課程で最初に学ばれる入門課程では心の働きを7つに分けてその内の5つは正しく対象を認識していないものと考えます。それらの内の再決知bcad shes と顕現不確定知snang la ma nges pa’i bloをチャパは直接知覚の中に入れて分類しているんだそうです。つまり直接知覚の中に正しい認識と正しくない認識との二つが混在していると考えているのです。どうもこれはダルモーッタラの解釈を引いているようなのですが、サキャパンディタによってこの点は批判されます。ものすごく興味ある内容ですが、僕には西沢さんの翻訳語を耳で聞いていちいち元のチベット語のタームを思い起こす作業を続けるのは過酷でした。研究者によって翻訳語が微妙に違うので紛らわしいのです。主要な術語はチベット語のままで言ってもらうと分かり易いのですが。

■ダワードルジ・プルブドルジ(佛大研究員)モンゴル語訳『無量寿経』の訳語の特徴

 モンゴル語訳のカンギュルやテンギュルの構成や歴史や翻訳事情についてはその時代が17世紀以降の出来事だというのとインド原典解明に資する度合いが低いというので関心が薄く他の言語による大蔵経研究に比べて遅れている現状です。発表者はその分野を経典目録やその序文からの情報だけではなく実際の訳文を吟味することからも解明しようとしています。今回の発表は固有名詞の翻訳でどの程度、元となったチベット語訳を直訳的に使い、どの程度翻訳された時期までに一般化されていたウイグル語系の固有名詞が使用されていたのかを調査したものでした。

■望月海慧(身延山大学)ディーパンカラシュリージュニャーナによる二つの所作次第について

 アティーシャの研究をずっと続けて来られた望月先生ですが、アティーシャ小部集の中でまだ解説しておられないものが残っていたそうです。それが今回の発表で紹介された『自作次第勧誡語句諸摂集』と『上師所作次第』そして『菩薩行略教誡』なんだそうです。ひとつの事をずっと続けておられる望月先生、本当に凄いです。さて、この三作品に共通性がないわけではなくて、自らがなすべき仕事と、師としてなすべき仕事、そして菩薩行としてなすべき仕事が説かれる内容です。アティーシャっていい先生だったんでしょうね、紹介された文章を見ていると弟子の資質(つまり弟子の中に存在する仏陀)に対する敬意や期待がひしひしと感じられます。僕もいい先生にならなくては。

■西岡祖秀(四天王寺大学)後期シチェ派の教誡に関する一考察

 チベット関係第一日目の最後は西岡先生でした。パ(父)ダムパ・サンギェが創始したシチェ派と疾病に関する言及が今回のテーマです。後期シチェ派という呼び方は創始者が12年間の中国滞在の後に5回目のチベット布教に従事した1097年以降をこう呼ぶんだそうです。中国で何してたんでしょう。そっちにも凄く興味が湧きました。今回ご紹介されていた医療関係の文献『教誡・蓮華の鬘』の用語を見ていると、明らかに『ギュシ』の影響が見て取れます。昔の行者さんにとっては病気の治癒は自分でしなければならない重大問題だったのでしょう。「患部に孔をあけて外に排除する」なんていう凄い文章もあります。「ひひっははっ」の声によって茜草の汁液を口から胃に送る」って、だいたいシチェ派の行者さんは掛け声が多いんですよね。

20日午前

■Lamao Zhuoma(谷大大学院)ツォンカパの書簡について - レンダーワ、ラマ・ウマパ、ツァコポンボ宛の書簡を中心に

 20日午前1番目の発表はLamao Zhuoma(谷大大学院)さんの発表でした。書簡といっても、大した用もなくだらだら送るくせにすぐに返事出さないと怒られる現代のモバイルメイルの私信なんかとは訳が違います。だいたい返書が何年も後に出されているのをみても、弟子がそれを後で編纂しているのを考えても、大真面目な信仰告白であったり教義問答であったりします。ツォンカパに重大な影響を与えたレンダーワやラマ・ウマパ、ツァコポンボなどとの交信をそれぞれの伝記を参考にして何処に滞在中の事かを調べながら、書簡の時期の決定や前後関係を考察した研究です。一人の思想家の人生の中での変化を知るためにもこういう研究は重要です。

■横田 千尋(佛教大学研究員)「ヤンジンスレン氏のロサン・タムディン理解について」

 モンゴル人ラマで歴史家のロサン・タムディン(1867-1937)に関して書かれたモンゴル国立大学のヤンジンスレン氏の論文の検討を通して、ロサン・タムディン及び彼の著作『モンゴル仏教史Hor chos 'byung』を考察した研究です。ブリヤートのラマ、ツェンシャプ・ケンチェン(mTshan zhabs mKyen chen)による八ヶ条からなる『モンゴル仏教史』への質問状、及びそれに対するロサン・タムディンの返答に関する記述に注目して検討を加えた報告でした。質問をされた福田先生も暗に仰ってましたが、このままだったらヤンジンスレン氏のパクリですよね。
 

■槙殿伴子(身延山大学)ゲツェ・マハーパンディタによる「サムイェーの宗論」論考 - 中国仏教とゾクチェン批判への反証

 サキャパンディタの『ドムスムラプイェ(三戒区分)』で定着した大乗和尚の教説批判は後世のチベット仏教に大きな影響を及ぼしましたが、槙殿さんは「この結果のあおりを被ったのが、ニンマ派のゾクチェンとカギュ派の大印である。」と言います。発表では18世紀から19世紀にかけて活動したニンマ派の学僧ゲツェ・マハーパンディタ・ギュルメ・ツェワン・チョクジュプの『三戒区分註』という書物で展開されるサパン批判を紹介し、大乗和尚の思想をよく分からないまま批判する研究態度に対するゲツェの論旨を考察しています。

■石部道明(高野山大学)『ガリム・チェンモ』における秘密灌頂・般若智灌頂・第四灌頂について

 ツォンカパが著した『ガリム・チェンモ』は密教の教理や習修を体系的に整理した名著ですが、その第10章に秘密灌頂、般若智灌頂、そして第四灌頂に関する記述があります。発表された石部先生は、いままで吉水先生等が紹介吟味してきた灌頂論を参照しながら「楽空無差別」の伝授という観点から再吟味されました。「赤滴や白滴」の瑜伽や二無我の修習などでは、ツォンカパは従来は実習されていた性的な身体技法を如何に観念化し無害化するのかということに努力しているように私には思えました。

■安田章紀(京都女子大)中有に関するドルジェリンパの思想

 いない。安田さんがいない。発表者が時間になっても来ていないという事態に司会者は困惑しておられましたが、血相をかえて走って会場入りされた安田さんは最初の5分間くらい息があがりながら発表するという様子で、聞いている私達はそっちのほうが気になって大変でした。発表はドルジェリンパの著作の中から中有に関する記述を整理したものでした。興味を持ったのは「中有(バルド)」という言葉を、夢や三昧など覚醒意識の狭間にあるものにも適用して広義に使っていて、我々がいう中有は「有の中有」と特別に呼んでいるという点です、面白い。

■渡辺温子(大谷大学)シッキムの仏教とラツン=ナムカ・ジクメについて-

 シッキムの仏教に大きな影響を与えた17世紀のラツン=ナムカ・ジクメはテルトン(埋蔵経発掘者)でありゾクチェンの教えを継承するニンマ派僧ですが、彼の著作の中にはマハームドラー(大印)を礼賛する文言があり、マハームドラーの修習を通して対象への取捨や肯否定を無くした後にゾクチェンが現われると考えていたようです。その点では身体技法としての大印というよりはガムポパ流の空性=大印という考えに近いように私には思えました。

■根本裕史(広島大学)チベットにおける仏教と詩 -- ツォンカパ『縁起讃』を中心に -

 ツォンカパ作の『縁起讃』が単なる余技としての詩作ではなく、彼の学問観から成立していることを根本先生は論証されています。『縁起讃』の構成は、縁起説の要点・縁起説を説いた仏陀への強い信仰の吐露・回向と祈願という三つの群に別れていますが、この三点は彼の著作gtam gyi sbyor ba の中で語られる「三つの宝」綿密な論理の道を分析する考察力・諸学説が全て教誨であると知って行なう修練・言葉遣いの巧みさのなせる詩句のきらめき、に沿って深められた彼の修学の深まりの境地を示すものであることを私は根本先生の発表から学びました。仏教思想と美文詩の融合というあまりに素晴らしいこの『縁起讃』の魅力は万人が認めるものだと思います。

■原田覚(国士舘大学)Pelliot tibetain No.786考

 従来このPelliot tibetain No.786が『大乗二十頌論』と看做されていたのですが、原田先生によると、この書は単に『宝行王正論』の一部を構成する断片の訳であって独立したものとは看做されないということでした。但し現存の『宝行王正論』は後伝期に改訂を加えられていて偈頌の順番が随分No.786と違ってしまっているようです。発表の後の質疑のところで身延山の望月先生が発言して、アティーシャの著作の中で彼がこの「二十頌」と『宝行王正論』を別種の物と認識していた事を報告されていました。望月先生って本当に凄い。夢の中でもアティーシャと会って話をしていそうな気がする。

■福田洋一(大谷大学)初期チベット論理学書の章構成について

 チベット関係部会の最後の発表は、大谷大学の福田先生による「初期チベット論理学書の章構成について」というご発表でした。章構成というタイトルは正確に言うと「科段構成」という意味で、サンプ系の論理学概説書類、サキャパンディタのリクテル、ナルタン寺の系統、そして参考として初期ゲルク派の論理学概論の科段を公開された福田先生はそれらの書の中の叙述順序や科段構成や章区分等がチベット論理学書の歴史的な展開とどのように関わるのか、そしてそれが正しい認識の理解の枠組みとどう関連するのかという点を問題提起されました。私は前から章構成はアナログ的なつまり全頁を前から捲る的な脳の働かせかたであるのに対し、科段構成はデジタル的なつまり求めている問題点に直行する的な脳の働かせかたなのではないかと思っています。


 
昔はあの発表も聞きたい、この人とも挨拶したいと思っていろんな部会の教室を渡り歩くのが学会だと思っていました。最近腰痛が激しいのも一因ですが、じっと動かずに一つの部屋で発表を聞き続けることに楽しみを見いだしました。内容全部が完全に分かるわけではありませんが、何とかついていく脳を失いたくないという老人のあがきです。しかし、どの発表も各々興味深い話題でした。けどやっぱり発表時間が短くてもう少し時間があれば、という気持ちが残ります。せめてもう5分発表時間を長くして質問あわせて30分にできないでしょうかねえ。