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2012年日本チベット学会報告ならびに翌日開催の国際シンポ報告

 

日本チベット学会第60回大会が10月20日(土)に筑波大学で開催され、その翌日の10月21日(日)には同じく筑波大学を会場として「後伝期における周辺地域からチベットへの仏教文献と思想の伝承」と題する国際研究集会が開催されました。学問の進展に取り残されぎみの老いた脳の持ち主としてはとても全部の発表のポイントがすべて分かる訳でもないのですが、チベット学ウォッチャーとしては聞き逃せない話ばかりでしたので全て聞いて勉強してきました。筑波大学へのアクセスは、ものすごく良いとは言いませんが、以前と比べると随分とよくなって京都から朝出て会場に着いたのは10時過ぎでしたので隔世の感があります。

 

 会場になったのは総合研究棟A110公開講演室という奇麗な建物で快適でした。ただ発表会場の音響の調子が少々難があったかな、という印象がありますが、私自身はノツコツと問題ありながら進行する集まりのほうが人間らしくて好きです。(いつものとおりダイアクリティカルマークは省略します。)

発表風景

■高橋誠「カルマパ転生者と本山ツルプ寺座主の関係について」

 最初の発表は早稲田大学大学院の高橋誠さんによる「カルマパ転生者と本山ツルプ寺座主の関係について」と題する発表でした。パリっとした黒のスーツに黒のネクタイでビシっと決めた一見問題なさそうな青年でしたが、黒のネクタイは次の日に結婚式によばれててそこに着けて行くのだ、と語るちょっとアブない傾向もあるかも知れないかもしれない。よけいなこと言ってないで発表の内容ですが、転生制度が始まったのはダライラマの宗派のゲルク派ではなくてカルマ派からだというのは一般によく知られてきたことですが、そのカルマ派の本山のツルプ寺ではカルマパクシの血統による叔父甥相続(ウォンギュー)が続いて座主をしていたそうです。つまり血統相続と転生相続の二つの権威が併存していたことになります。転生者の系譜はガルチェン(大テント移動本山)を統御していたようです。カルマガルディという絵の流儀がありますが、その絵描き達はテントが移動するとそこにくっ付いて行ったみたいです。後世になると、カルマ派ではやたらと多くの転生系譜が出来て複雑になっちゃいますよね。
 

■手塚利彰「カンカル家文書の成立と伝来について」

 2番目の発表は佛教大学歴史学部講師の手塚利彰さんの「カンカル家文書の成立と伝来について」という発表でした。手塚さんは「テングリノール」というサイトの主宰者です。発表タイトルにあるカンカル家というのは大谷大学を退官されたツルティム先生のお家のことです。白館という先生の日本語名字は、カンカルを直訳したものです。手塚さんによるとカンカル家はポロン地方スルツォ地区のティカル村の裕福だけど平民のお家なのですが、地方の訴訟担当の職も務めていてチベット動乱で一家が亡命する時に預かっていた中央政府からの書類等重要な文書を持って逃れたそうです。それらの書類の内の十数件はボン大学のシュー教授に寄贈され、研究成果が出版されています。今回の発表の文書はそこには含まれていない(但し写しもあるので重複するものもあるようですが)文書48点を対象とする研究です。手塚さんの本拠地は佛教大学ですので私も見せてもらいましたが、惚れ惚れするような達筆で書かれた素晴らしいものです。中央政府と地方との関係が読み解ける資料ですので、全貌が明らかにされるのが楽しみです。

■上原周子「アムド東部の他民族社会におけるチベット仏教の役割に関する一考察」

 

 3番目の発表は北海道大学大学院の上原周子さんによる「アムド東部の他民族社会におけるチベット仏教の役割に関する一考察」という発表でした。多民族地域の中でチベット仏教徒達はどんな風にして他民族の人の評価をして関係調整をし、友好関係を維持してきたのかという点を、心的距離を測るための「尺度」として仏教的生活との距離で行なってきたのではないか、という人類学的観点と現地調査による考察の報告でした。

発表風景
 

漢語を媒介として調査が進められた点が少々残念なところですが、観点は面白いと感じました。聞きながら感じたのは、相手側(例えばイスラム教徒)の仏教徒観も分かればより面白い考察が可能だろうなということでした。私は初めてお会いした研究者ですが、最近ではなかなかお目に掛かれないような超真面目そうな方でした。

>■星泉「14世紀チベット語文献『王統明示鏡』に見られる「切り札の提示」機能をもつpa節」

 

 4番目の発表は東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所のわれらが星泉先生による「14世紀チベット語文献『王統明示鏡』に見られる「切り札の提示」機能をもつpa節」という発表でした。素晴らしい発表でした。

発表風景
 

現代語ではよく登場し、私自身も会話で頻繁に使う用法ですが、例えば「~red pa」という用法の起源と思われる用法が、14世紀のチベット語文献に引用される会話文の中にすでに確認される、という発表です。なんか14世紀の人の語感が伝わってくるようで面白かったのですが、発表の手法が内容よりもさらに面白かった。文成公主がガル大臣に、自らへの扱いの悪さに嫌みを言う口調で、「あなたのおっしゃることに従って[輿入れして]来たんじゃないの[’ong ba yin pa/]、犬を呼びつけて叩かないでよ」という例などを出して説明されたのですが、星先生の見事な発音に加え、スクリーンには毛利志生子さんの『風の王国』シリーズ(集英社コバルト文庫)で見たような漫画が添えられてニュアンス説明の説得力は抜群でした。ちなみに私はゼミ生の女子学生が「〜じゃないですかあ」というのを聞くとむかっとします。なぜだかは分かりませんが。

■桜井宗信「Bu ston の示す荼毘儀礼 ー Mi ‘khrugs pa’I cho ga la brten nas ro’I sbyin sreg gi cho ga を中心に ー」

 5番目の発表は東北大学の桜井宗信先生による「Bu ston の示す荼毘儀礼 ー Mi ‘khrugs pa’I cho ga la brten nas ro’I sbyin sreg gi cho ga を中心に ー」という発表でした。プトゥン全書の中の荼毘を扱う死者儀礼の儀規書のひとつを取り上げてその構成と内容を紹介してその儀礼の基本的枠組みを明らかにしようとする研究です。チベットの葬法では鳥葬というのが一般には有名ですが、偉いお坊さんは火葬にするのが多かったようです。単に火葬するというのではなくて護摩儀規なのです。一般には供物(mchod rdzas)を行なうという意味の火葬なのですが、勝れた人に対しては供養処 (mchod gnas) として火葬すると看做しているようです。お葬式の細かい所作や決まり事というのは日本でもそうですが、簡単に変えたり省略したりしないので、このような文献研究とフィールドワークの成果との突き合わせが必要だな、というのが正直な感想でした。

■古角武睦「ツォンカパの『中観荘厳論覚書』における自立論証について」

 6番目の発表は佛教大学大学院の古角武睦さんによる「ツォンカパの『中観荘厳論覚書』における自立論証について」という発表でした。ツォンカパが中観帰謬派の哲学を至高のものとしていたことは知られていますが、しかしながら自立論証派の考えの影響も大きく、自立論証派と見なされる論者の著作や論述のすべてが否定されているわけではありません。四津谷孝道氏や木村誠司氏の論説に導かれながら、自立派の論師シャーンタラクシタの主著『中観荘厳論』に対して註釈したツオンカパの『中観察荘厳論覚書』を発表者の古角さんは読んで、ツォンカパの中観思想把握の特徴を探ろうとした発表です。ツォンカパの哲学の基礎はあくまで自立派の思想が入り込んだサンプ系の論争学から築き上げられたものなので、それがいつの時点での論述なのかというのは常に気にする必要があるというのが私の感想です。

■西沢史仁「チャパ・チューキセンゲの教義書」

 7番目の発表は東京大学で最近博士号を取得した西沢史仁さんによる「チャパ・チューキセンゲの教義書」と題する発表でした。西沢さんは、現在「カダム全集」に収録されているチャパの論書を次々と読み進められておられますが、今回の発表もその一環です。チャパの『bDe bar gshegs pa dang phyi rol pa’i gzhung rnam par ’byed pa 善逝と外教徒の学説の弁別』と題される書は、所謂宗義書=ドゥムター文献と位置付けられるものの様です。この種の文献の祖型は吐蕃時代のイェシェイデによる『見差別 rTa ba’i khyad par』だとされてきましたが、チャパのものは後伝期では一番古いもので後代のもの例えばウーパロサルのものに直接連なるものと見てよいようです。段々と楽しくなってきました。

■赤羽律「チベット仏教後伝播期における二諦説について -- rGya dmar ba Byang chub grags が与えた影響 --」

 8番目の発表はオーストリア科学アカデミー アジア文化・思想史研究所の赤羽律さんによる「チベット仏教後伝播期における二諦説について -- rGya dmar ba Byang chub grags が与えた影響 --」という発表でした。この発表も「カダム全集」所収の文献の解読に基づくものです。ギャマルワというのはチャパの先生のひとりで、チャパに大きな影響を与えた人物のひとりだとされています。その書で扱われる二諦説に関する意見をチャパの『二諦分別論註』やチャパより少し後のダルマタシによる『二諦分別論釈』その他の書の当該部分と比較研究しながら両者の考えを検討し、チベット仏教後伝期の最初期の段階における二諦説の受容と発展の様相を検討した発表でした。私がチャパのことを扱った30年前はチャパの書物が実際に発見され原文を読めるようになるとは夢にも思いもしませんでした。長生きはするものです。

■記念講演 Leonard van der Kuijp「On the Recently Discovered Biography of Lha bla ma Ye shes ’od」

 記念講演としてハーバード大学のLeonard van der Kuijp 教授による講演がありました。大昔、まだベルリンの大学におられたファンダカイプ教授に勧められて私がベルリン自由大学の紀要にチャパのプラサンガの分類に関するエッセイを投稿したのはもう25年以上も前のことです。ファンダカイプ教授は今でもエネルギッシュです。今回の記念講演は、ララマイェシェーウーの伝記に関する新出資料についての報告でした。吐蕃最後の王の二王子の内、ガリー地方に逃れたウスン王の系統にコルレ王という王がいたのですが、仏教を深く信仰して出家してしまいます。彼の僧名がイェシェーウーです。彼はインドに留学僧を派遣したりして西チベットに仏教を再度隆盛させ、それが数世代後のアティーシャの招聘へと繋がっていくわけです。同じ入道でも清盛なんかとは心がけが違います。

■会員総会と懇親会

 会員総会では御牧克己現会長の任期満了を承けて新しい会長として長野泰彦先生が就任されることが委員会から提案され承認されました。来年度の大会開催校は高野山大学に決定され時期については検討中ということです。
 
懇親会は、つくば駅までバスに乗って移動し、その後少々歩いたところにある「つくば国際会議場」のレストラン「エスポワール」で開催されました。今回は次の日の国際研究集会に居残る人が多かった為かいつもにも増して盛会でした。料理が美味しかった。

■国際シンポジウム「後伝期における周辺地域からチベットへの仏教文献と思想の伝承」Transmission of Buddhist Texts and Thought to Tibet from Neighboring Countries in the Period of the Second Diffusion

 明けて翌日、朝9時から同じく筑波大学の総合研究棟A110公開講演室で国際シンポジウムが開催されました。前日の懇親会の後に居酒屋に行って二次会をしたのですが、その報告までしてると長いので省略します。たしか私は根本さんと色んな話をしたのですが、実は酔っぱらってて何を喋ったのか忘れました。うっすら覚えてるのは根本さんのビオラの演奏のことと私の長唄三味線の演奏のことだけです。

■Leonard van der Kuijp「The Kalacakra Corpus in Tibet: Translation, Textual Problems, and Newly Recovered Tibetan Commentaries」

 先ず吉水千鶴子先生から今回の研究集会開催の趣旨説明があり、それに続いてハーバード大学のLeonard van der Kuijp 教授がチベットにカーラチャクラタントラがどのように受け入れられていったのか、特に時間的周期に関してどのように理解され翻訳され註釈されていったのかという問題の発表がありました。歴史書なんかでこの60年周期の年号が干支なしで使われてるとすぐには分からなくて困ります。訳者によって随分と違いがあることも小野田は今回初めて知りました。

■Takeuchi Tsuguhito「Tibetan Language and Buddhism in Central Asia in the Tenth Century -- between snga dar and phyi dar --」

 

 二番目の発表は今や日本チベット学界の顔です。けど仏教関係のシンポで聞くのは珍しい武内紹人(通称ツグさん)による「10世紀中央アジアにおけるチベット語と仏教 ー前伝期と後伝期の間ー 」と題する発表でした。

発表風景
 

発表の中で10世紀の中央アジアで活動する様々な民族の人が共通国際語=リンガフランカとしてチベット語を使っていたというのを初めて知りました。全然話しは違いますが、ツグさんの発表風景は全く欧米風です。うろうろ歩き回りながらパワーポイントのスクリーンを前に原稿を見ずに進めるそのスタイルは、大学での講義を聞いてるみたいで議論のポイントが伝わり易く、これは見習いたいなと思いました。

■Funayama Toru「Descriptions of the 8th-century Kashmiri Buddhism in Chinese Sources」

 次の船山徹先生の「漢語資料より見た8世紀のカシュミール仏教」という発表の中で話題のひとつとされていたインド領域内におけるチベット語訳の訳業について聞けたことは、私としては今回参加した大きな成果でした。私はいままでそんなことを考えたこともありませんでした。恥ずかしい。ヴィクラマシーラやナーランダー、或いはカシュミールの地でチベット語訳の作業が行なわれていた事実を今までなぜ考えなかったのか分かりませんが、全くの思い込みですべてチベット国内の作業だと思っていました。けど、シェークスピアの邦訳を英国で作業してても全然おかしくないですもんね。本筋じゃないところで感動してすみません。様々な漢字資料の中のカシミールに関する記述がハンドアウトに記述されてて有り難い資料を配布いただきました。

■Mochizuki Kaie「Some Textual Doubts in the Works of Dipamkarasrijnana(Atisa)」

 次は望月海慧先生のディーパンカラシュリージュニャーナの著作に見られるいくつかの疑問点と題する発表でした。望月先生はずっとアティーシャ関係の研究を続けておられますが、その研究活動の中で感じてこられた疑問を著作論書の幾つかを順に取り上げながら説明されました。望月先生の発表はいつも淡々とされていて、誤解を恐れながら表現すると全然スマートではありません。けど私は望月先生の発表をいつもすごく楽しみにしています。今回のシンポの趣旨との関連で言うとアティーシャの論説のチベット語訳が果たして翻訳と言えるのか、という点で面白い議論がありました。たとえ数年の滞在でも外国語を完璧にマスターする人だっているはずだと....。う〜ん、けどなんか違うなあ。私の中のアティーシャはそんな天才肌ではなくて弟子の教育に熱心な無骨な教育者なんですけどねえ。

■Pascale Hugon「rNgog Blo ldan shes rab as a Translator and Exegete of Buddhist Epistemological Works」

 いまやチャパ研究の中心的人物になったパスカルさんの発表です。論理学関係の書物のチベット語訳翻訳者として有名なゴク・ロデンシェーラブですが、学者としても一流で各種の注釈書を書いています。訳に徹しきるべき翻訳者としての彼と註釈者としての彼との意見が一致しないことも当然出てくるので、それをどんな風に訳業の中で処理をしていったのだろうかという問題を論じていました。弟子に講義をしながら翻訳原稿を修正して行く訳場の様子が彷彿としてくる発表でした。パスカルさんは院生の頃に京都大学に留学しておられて、佛教大学の私のドゥラの講義にも聴講にこられていました。非常に理解力の優れた学生であったのを憶えています。パスカルさんにチベット僧院での問答のやり方を指導したというのが私のひそかな自慢のひとつです。

 

 2日間チベット学漬けで楽しかった。それにしても筑波大学は自然環境の豊かなところで、なんか外国の大学のキャンパスを歩いているようでした。吉水先生お疲れ様でした、非常に快適でした。

発表風景