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第3回国際若手チベット学者会議報告

 

神戸市外国語大学を会場として、国際シンポジウム「第3回国際若手チベット学者会議報告」が 9月の3日(月)から7日(金)までの5日間にわたって開催されました。国際チベット学会のヤング版です。大御所という名前の年寄りに参加をご遠慮頂いて自由な発展的な討論をしながら交流をしようという集会です。

若手チベット学者
 

元々は今の国際チベット学会も40年前に同じ「若手...」という名前で発足した学会だったのですが、いまではすっかり老齢化し、かつデカくなり過ぎてしまったので新陳代謝の為に再度あらたに発足したのです。やっぱり若手というだけあって、日本チベット学会の会長で基調講演の講師の御牧先生、国際チベット学会の委員をされてて今回の学会開催の後見人的立場をされている神戸市外大の武内先生、という居てもおかしくない年寄り以外で年寄りだったのは、私と民博の長野先生そして早稲田大学の石濱先生くらいでした。

 

今回の集会の責任者は神戸市外大の岩尾一史さんですが、実行委員の主要メンバーとして京都女子大の熊谷誠慈さん、神戸市外大の西田愛さん、そして大阪大学の山本明志さんが補佐し、その他にも大川謙作さんや海老原志穂さんなど実力派若手研究者がスタッフとして働いておられました。彼らの多くは英語のみでなくチベット語をネイティブ並みに話す達人揃いです(あるいはすぐにそうなります)。彼らが運営のみならず研究発表や司会や討議などで堂々と外国の研究者達と対等に物怖じなく行動している姿を見せてもらって本当に頼もしく思いました。これからの日本のチベット学は大丈夫だ。というよりチベット学全体が大丈夫だ、と思いました。やっぱりこんな国際学会が必要です。

 

今回のセミナーは、2つの発表会場の同時進行という形で毎日3セッション、全部で60近い研究発表がありました。宗教関係では仏教論理学、仏教哲学、ボン教研究、カギュ派、儀礼などが、言語学関係ではチベット語諸方言、文法研究などが、歴史関係では古代史や明清代史、近現代史などの発表が行われていました。アムド青海地方を中心とした現地調査など、中国からの参加者ならではの発表もあって実に多彩なものでした。

発表
風景
 

個人的に印象に残った発表は、ハイデルベルク大学/ウイーン大学からの Markus Viehbeck さんの発表で何代目か前のパトゥルリンポチェの『入菩提行論』の注釈についての発表でした。加納和雄さんもパネル発表の形で、ゴクが書いた『入菩提行論』に関する書の写本について報告をしていましたが、チベットに於けるこの書の影響は計り知れないほど大きなものだったのでしょう。今後チベット仏教と『入菩提行論』との関わりの全体像を誰かが提示して欲しいものです。岩尾さんの古代チベット帝国での辺境軍人の税制の話も面白かったし大川さんの20世紀の地方税制の話も面白かった。これも通時的に見ると別のポイントが見えて来そうで興味と空想を思わず起こしてしまいました。聞いていて別のことを思ってしまったのは、海老原さんのチベット語に於ける一人称代名詞の inclusive とexclusive という観点からの吟味でした。全然関係ないのに考えてしまったというのは、韓国語の「ウリ」という言葉です。例のオリンピック男子サッカーでのプラカードに書いてあった「ドクトヌンウリタン」のウリです。1人称複数代名詞ですが、あれって inclusive ですか?exclusive ですか?ついでに、ダライラマ3世だったか4世だったか忘れたけれどナムタルか何かで先代転生と自分を合わせた1人称複数で「我々」を使っているということを聞きました。もし本当だとしたら自分と自分との1人称複数って他のケースでは存在しないですよね。

 

若手チベット学者会議ならではの発表もあり、私としては大いに楽しみました。その発表のテーマは、亡命チベット人社会におけるチベット語ポップスの誕生に関する人類学的な研究です。発表者はかつて有名なポップスグループ「アカマ」のサポートメンバーとしてツアーに参加していた京都大学の山本達也さんですが、私は思いました。

発表
風景2
 

シニアの大会ならきっとズレた質問が来るんだろうなあ。けど、ここでは質問も的確なのです。中国歌謡曲起源の内地の要素はどの程度考えられるのか、とか。坊さん達はどんな風にポップスと付き合っているのかとか。やはりこの世代にはこの世代に共通した感覚があるのだなと思ったのです。

 

面白い場面もありました。発表者は青海から来たアムド人研究者で発表言語はチベット語、とは言うもののかなり訛ったアムド方言でした。質問に立った質問者は中央チベットの標準語で質問討議し始めたのですが、ぜんぜん両者ポイントがズレて噛み合いません。見かねた北京に住むアムド出身のチベット人研究者が通訳を始めたのです。それだけでも面白いのですが、私には別の感慨がありました。こんな場面が20年ほど前なら通訳は漢語か英語でした。チベット人研究者(中でも青海地方出身者)の学問的レヴェルも社会的立場も格段に上がりつつあるのだと感じたのです。

 

宴会芸人としての小野田の歌は一部のチベット人には大いに受けました。おかげで皆に学会会期中とっても優しくして貰いました。やっぱりチベットの人は歌が好きで、私の演奏に引き続きマイクの前で歌うチベット人続出でパーティーは盛り上がったこと盛り上がったこと!

小野田の勇姿