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印仏学会ちょっとだけ(第五部会)報告

 

日本印度学仏教学会第58回学術大会が9月4日(火)と5日(水)に四国大学を会場として開催されました。チベット関係は第5部会の4日の午後に集められていたので、昼に間に合うように新幹線とマリンライナーと特急を乗り継いで京都から4時間かけて到着しました。大学の横を流れる吉野川が予想以上に巾が広くてとうとうと流れているので感激しました。

 チベット学ウオッチャーのハーンとしては、チベット関係の発表のある第五部会の会場(経営情報館2階のP204講義室)に4日の午後ず〜と居て発表を聞き勉強してきました。以下はその報告です。(いつものとおりダイアクリティカルマークは省略します。)

■熊谷誠慈「ボン教『ニ諦分別論』のニ諦説」

 

 最初の発表は京都大学大学院の熊谷誠慈さんによる「ボン教『ニ諦分別論』のニ諦説」と題する発表。ヤルメー・シェーラプウーセル(1058-1132) 作の『ニ諦分別論』の内容を紹介したもの。この書は有名な『ボン門明示(Bon sgo gsal byed)』にも引用されるボン教では重要な書物だそうです。けど何度聞いても仏教の真似のようにしか聞こえないのは、私の心の片寄りか?ちなみに、熊谷さんは、ウルスの問答塾にも通って来ていた若き研究者で、パリに留学する予定だと聞いています。頑張れ!

■前田知郷「ネパールにおける犠牲祭」

 2番目の発表は愛知学院大学大学院研究員の前田知郷(ちさと)さんによる「ネパールにおける犠牲祭」という発表でした。発表者は、パタンのムールチョークでのダサイン祭での犠牲供義を記録して報告されてました。切り取った首の口に同じく切り取った尻尾を喰わえさす、という表現が、儀礼を行なう神官やこの研究をして発表している研究者の罪では全くないのですが、例の神戸の少年による獣奇的な殺人事件を思いおこさせて、気分が滅入りました(あの少年(当時)も何とか神に対するお供えだと言っていた)。犠牲に反対していた釈尊をあらためて尊敬します。

■川崎一洋「リンチェンサンポ撰述の『チャクラサンヴァラ・アビサマヤ註』について」

 3番目の発表は高野山大学の川崎一洋先生による「リンチェンサンポ撰述の『チャクラサンヴァラ・アビサマヤ註』について」と題する発表でした。例の「カダム全集」で明らかになった新出資料の研究です。この『チャクラサンヴァラ・アビサマヤ』本体の研究では、桜井宗信さんの業績が有名ですが、それをベースにしてこの新出資料と対象させて、リンチェンサンポの(あるいは間接的にアティーシャの)註の特徴について調べたものです。話題自体もホットで、そして手慣れた手法で、配布資料も見やすく作られていて、学術発表の手本のような発表でした。

■佐藤直美「アルジャイ石窟出土チベット語文書の特徴」

 

 4番目の発表は宗教情報センターの佐藤直美さんによる「アルジャイ石窟出土チベット語文書の特徴」という発表でした。内蒙古自治区内のオルドスにあるアルジャイ遺跡には、チンギス伝説との関連という意味だけではなくて、壁画資料や文献資料の残存という点でも注目されています。民博出身の楊梅英先生が中心になって進められている調査の中で、チベット語文献を担当されている佐藤さんの中間報告でした。楊先生からはハーンもこの仕事をしないかとお誘いを受けていたので興味津々で発表を聞きました。

発表風景

■望月海慧「Dol po pa は Dharmadhatustava をどのように読んだのか」

 5番目の発表は身延山大学の望月海慧氏による「Dol po pa は Dharmadhatustava をどのように読んだのか」という発表でした。いつもながら望月先生の配布資料はすごい。得したという感じです。ゲルク派によって駆逐されたチョナン派の「大中観」の理論構成にとって、この龍樹作と伝えられる Dharmadhatustava がいかに重要であったのか(つまり都合がよかったという意味)という発表です。

■原田覚「レーチェン=クンガーゲルツェン著『カーダム法源明灯』考」

 6番目の発表は国士舘大学の原田覚氏による「レーチェン=クンガーゲルツェン著『カーダム法源明灯』考」という発表でした。東北目録で言うと、7038番の文献を見やすく整理して紙面に発表いただける、ということです。その予告でした。原田先生、忙しかったのか配布ペーパーがない。本人は「人名の羅列になるので煩雑になるから」と言ってましたが、僕なんか俗物ですので、資料をもらうと、「ああ聞きに来てよかった」と理由なく思うほうなので、こんどは資料配布して下さい。

■平岡龍人「『理趣広経』における百八名讃について」

 7番目の発表は佛教大学大学院の平岡龍人さんによる「『理趣広経』における百八名讃について」という発表でした。密教の世界で金剛サッタというのは単なる一つの尊格という訳ではなくて自らのお手本、行者の理想像としての意味を持っています。この発表では『理趣広経』における百八名讃を分析してそこに込められた意味を考察しています。平岡さんはハーンの指導学生です。発表終って司会者が時間があるのでどんどん質問して下さい、と言った時はひや汗が出ました。指導学生の発表というのは精神衛生上よくない。

■吉崎一美「パンディト・ラトナ・バートル・ヴァジュラーチャールヤが書写したネワール仏教写本」

 

 第五部会初日最後の発表は東洋大学大学院出身でネパール専門家の吉崎一美先生による「パンディト・ラトナ・バートル・ヴァジュラーチャールヤが書写したネワール仏教写本」と題する発表。たくさんのネワール仏教写本を残したこのパンディタ(1893-1955) は小さい頃から母方の祖父に就いて勉強したのですが、十代半ばでチベットに行く機会があってラサやシカツェで仏教学者達からの影響を強く受けて仏教学を志すようになったそうです。そこから先がこの人の特徴的なところですが、チベット仏教に改宗するのではなくてあくまでネワール仏教を意識しながら活動をした点です。偉い!大変為になる有意義な発表を聞かせてもらいました。吉崎先生を見ていると一つの事を淡々を続けている人の強さを感じます。

発表風景