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05年秋期モンゴル学会報告

 

日本モンゴル学会の今年度秋期大会に行って発表を聞いてきました。今回も発表内容が充実していて非常に興味深い大会でした。

 大会は第一部の基調講演(アマヨン・ソルボンヌ大学教授による「非宗教学的な抑圧という観点から見たシャーマニズムの実態:社会主義時代の文化人類学的フィールドワークから」と題された講演)と第二部の五人の研究者による研究発表、そして第三部の内蒙古師範大学教授ジャガル氏による講演「モンゴルの馬具をめぐる習慣」という三部で構成されていました。ここでは研究発表の部を簡単に紹介しておきます。

サンボードルジ氏(大阪外国語大学客員教授)「『元朝秘史』に見られるモンゴル人のシャーマニズムについて」

 

 『元朝秘史』の中には様々なシャーマンが登場します。名前は言及されていませんがテムジンが国主になることを予言したシャーマンやチンギスが親しかったワンハンの息子セングムを手伝っていたトクトア・ボーという名のシャーマン、その他グナン、ココチョス、デゲイ、ウスンとう名の助言者達のシャーマン性について丹念に事例をあげて考察したものでした。彼等の天・大地・樹木等への信仰と儀式の話しを聞いているとチンギス当時の様子が見えて来る様に感じました。

白石典之氏(新潟大学助教授)「チンギス=ハーン祭祀の起源と展開」

 この話題は今最もホットなもので、ヘンティ県のデリゲルハーン郡にあるアウラガ遺跡の発掘調査の報告です。ここにはチンギスの宮殿があったと思われる遺構が残っており、後にはそこに霊廟が建てられたようで、その構造がCG等で復元されつつあります。出土遺物が面白くて、角を切り去った牛の頭骸骨、馬の肋骨、未使用のるつぼ(つまり鉄のインゴット状のもの)、様々な家畜の骨や灰、陶器の香炉などです。これらからどんな風にチンギス亡き後お祀りされていたのかが分かってきつつあるのです。

楊海英氏(静岡大学助教授)「アルジャイ石窟の興亡からみたモンゴルの仏教信仰の歴史的変遷」

 

  アルジャイ遺跡の発掘調査に携わってこられた楊海英氏の研究によればチンギスはこのアルジャイ遺跡の近所で死亡したようなのです。その後その地は聖地となり、そこに仏教寺院さえ建立されました。この地域で信仰されたいた宗派はカギュ派系の支派であったらしく、いつの時代からかは正確には判明していませんが、テーローパやナーローパの転生が活動していたそうです!びっくり。カルマパとディルワホトクト(テーローパ活仏、現在の転生は亡命したそうです)が同席したらどっちが上座に座るんだろう?

島村一平氏(滋賀県立大学講師)「ポスト社会主義におけるシャーマニズムの活性化」

 社会主義体制が崩れてから様々な宗教が復活あるいは再活動をはじめていますが、シャーマンの数も急激に増えているそうです。今回の発表が扱うのは北隣のブリアートから移住してきたアガ・ブリアートのシャーマン達です。モンゴル地区のシャーマンには、黒のシャーマン、白のシャーマンそしてシャーマン的呪術的な鉄鍛冶職人という三区分のシャーマンがいるそうです。彼等は普通は父系系譜を7代から9代ほど暗誦しているそうですが、社会主義時代を経た影響で様々なイレギュラーな形が出現しているとのことです。いずれにせよエスニックアイデンティティーの再構築ということが大きな問題となって、シャーマン達の活性化にも影響を与えているということでした。

滝澤克彦氏(東北大学博士課程)「ポスト社会主義におけるキリスト教 --宗教学的考察--」

 この発表も社会主義体制が崩れてから入ってきたキリスト教の布教に際して聖書がどのように翻訳され、様々な概念がどのように処理されているのかということを研究した大変興味深い発表でした。発表を聞いてから猛烈に考えさせられました。モンゴル語での「神」の表現は、日本語で「かみ kamui」という概念を充てたのとは全く異なる反応の様です。様々な表現が試行されたようですが、2000年に出版された聖書の全訳では、社会主義以前の聖書にならって「神」を「ボルハン」と訳したのだそうです。驚きです。「ボルハン」とは「仏」の意味なのです。それだけではありません。定着はしなかったものの一時は「無神論」という言葉を「ボルハヌグエンウゼル(仏など無いという論)」と訳したこともあったとのことです。仏教学者の端くれである私はびっくりたまげました。仏教の開祖のゴータマは「創造主としてのブラフマン(神)などいない」と主張していたのですから。けどけどさらによーく考えてみると、「神もほとけもあるものか!」という言葉もあるように一般には同じようなものなんでしょう。私が考えてるポイントは発表者のポイントとは全く異なるものですが、なんだかものすごーく考えさせられた発表でした。

 

会場でとってもファンキーでパンクな老学者(賢者ローホーズ翁)に会いました。モンゴルでも有名な博学者だそうです。爺さんあまりにも格好良いので思わず記念写真を頼んでしまいました。ああ、私も歳を取ったらこんな風になりたいなあ!けどナイフ(お箸も付いてた)やら火打ち石やらお椀やらを腰から吊り下げたこの格好のまま空港に行ったらいくらなんでも金属探知機鳴りまくりだろうな。

発表
風景