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04年モンゴル学会報告

 

日本モンゴル学会2004(平成16)年度秋季大会が11月20日(土)の午後に岐阜大学の応用生物科学部1階101教室を会場として開催されました。ちょっと予想してたより駅から大学までが遠かったけど大学らしいキャンパスでした。

 今年はたくさんの発表がありました。以下にその要旨を私なりに紹介しておきます。

■トフリン(杜富林)氏(内モンゴル農業大学助教授)「内モンゴル牧畜業における持続可能な草地利用の形態と課題」

 

 さて、研究発表ですが、先ず最初の発表は内モンゴル農業大学助教授のトフリン(杜富林)氏の発表「内モンゴル牧畜業における持続可能な草地利用の形態と課題」と題する発表でした。2000年に公布された内モンゴル草畜平衡規定というのがあるんだそうですが、それによって地方政府は牧畜農家と10年契約を結び、牧畜農家では住宅や飼料などの補助を受け取るようになったそうです。けどそのかわり休牧を要請されたり、過放牧になった時には罰金などが課せられるということです。そのくらいしないと砂漠化は防げないんでしょうね。私が感心したのは、質疑の時に「品種改良の時に遺伝子の保存は内モンゴルではやっているのですか?」という質問がモンゴル国のほうの関係者から出た点でした。文系の私としては、もうこんな時代になっているんだと感慨深かったです。

発表
風景

■鬼木俊次氏(農林水産政策研究所研究員)「モンゴル牧畜の経済効率性」

 次の発表は農林水産政策研究所の鬼木俊次さんによる「モンゴル牧畜の経済効率性」と題する発表。Data Envelopment Analysisという手法を使って、モンゴル牧畜の技術効率性、配分効率性、規模の効率性などを推定して非効率の因子を推定するという試みです。グラフで示されたそれらの数値をながめていて「昔の遊牧民達はこんな小難しいこと考えずに親代々伝わってきた「去勢」などのやり方で解決してきたのになあ」とぼんやり思っていました。けどまあ、こんな呑気なこと言ってる事態ではないというのは私にも分ります。

■辛島博善氏(東京外国語大学AA研院生)「遊牧民が語る環境変化--モンゴル国ヘンティー県ムルン郡の事例」

 3番目の発表は東京外国語大学AA研の辛島博善さんの「遊牧民が語る環境変化--モンゴル国ヘンティー県ムルン郡の事例」という題の発表でした。近年モンゴル国で起こっている自然環境変化を遊牧民達自身はどのように捉えているのかという点を調査したもの。現地の変化は例えば地下水の変化によって湖の消滅や井戸の水量低下という水関係の変化、望ましくない植物の繁殖という植物の変化、タルバガンの減少や鼠の繁殖などの動物的変化が観測されるということですが、遊牧民達は単に「乾燥地帯になってしまった」とか「エコロジカルな均衡を失った」などという常套句で表現するだけで、過放牧等の自分達に原因する問題には目を向けようとしないという報告でした。

■スエー(甦叶)氏(東北大学東北アジア研究センター助手)「内モンゴル黄旗における生態移民の調査報告」

 

  4番目の発表は東北大学東北アジア研究センターのスエー(甦叶)さんによる「内モンゴル黄旗における生態移民の調査報告」という発表でした。シリンゴル盟黄旗に例をとって、退牧還草プロジェクトの中で、生態移民をせざるを得なくなった人がどんな意識を持っているのかを調査した研究です。いわゆる過放牧で荒れた草地をもとにもどすために禁牧や区画輪牧と共に行われている生態移民は2002年から2004年の間に2200人にも及んでいるということです。いくら代替の職を貰っても住宅で優遇されても牧民がとうもろこしなどの飼料栽培へと転職するのは辛いことだと思います。

発表
風景

■上村明氏(東京外国語大学講師)「ポスト社会主義時代におけるモンゴル国の牧畜経営--ホブドの例から--」

 5番目の研究発表は東京外国語大学の上村明氏の「ポスト社会主義時代におけるモンゴル国の牧畜経営--ホブドの例から--」でした。かつての協同組合「ネグデル」時代から社会が変化し、市場経済化の動きのなかで定住化の問題や環境変化等の要素の変化を受けながら牧畜がどんな風に変わっていったのか、そしてコミュニティを基盤とした牧地管理の模索がどのように行われているのかという問題を扱った発表でした。調査の過程の中で、報告者は牧民たちの原理が、牧民としてのつよい倫理観、つまり家畜を倫理観の対象とする意識を感じたと言います。牧地つまり環境ではなくあくまで家畜であるという点に私は強く感動しました。それから発表の中で夏営地や冬営地の場所を示すのにランドサットからの鮮明な画像が使われていたのに感心しました。地形が良く分かってよかった。チベット学関係でも使うべきだと思いました。

■オンドロナ(温都日娜)氏(島根県立大学大学院東北アジア研究科院生)「モンゴル族と漢族の婚姻関係にみる民族意識の変化」

 6番目の発表は島根県立大学大学院のオンドロナ(温都日娜)さんの「モンゴル族と漢族の婚姻関係にみる民族意識の変化--内モンゴル自治区赤峰市を事例に--」という題の発表でした。ものすごく微妙な問題なので慎重に扱うべき課題ですが、興味深い発表でした。分析には様々意見は別れると思います。やがてチベットにもこの問題が大きくのしかかるでしょう。若い世代ほど民族に関係なく結婚相手を選択するというのはそりゃ分ります。(質疑の時に「一人っ子政策の制限を逃れる為に漢族がモンゴル族を選ぶというような要素」という言葉を聞いた時はちょっと暗くなりましたが...)注目すべきは、都市部でのモンゴル族の若い世代に民族意識が強い傾向があるという点、そして一方で、都市部の漢族の若者の中に、例えば結婚式などでモンゴル色を出す傾向があるという点などは大変興味を持ちました。しかし離婚の原因の中に民族習慣の違いが多いと聞くと深く考えさせられてしまいます。

■ブヤン・アリオナ(Buyan Ariunaa)氏(広島大学大学院国際協力研究科院生)「モンゴル語の受動文に関する一考察--「-GD-」と「-UUL-」の本質について--」

 

 7番目の発表はブヤン・アリオナ(Buyan Ariunaa)さん(広島大学大学院国際協力研究科院生)の「モンゴル語の受動文に関する一考察--「-GD-」と「-UUL-」の本質について--」と題する発表でした。モンゴル語の接尾辞のGDもULLも受動を表すのですがその使い方には微妙な差があります。その差がどのような基準で起こってくるのかという問題を考察したものでした。興味があったのはいわゆる「サファリングパッシブ」と呼んでいる被害を受けたということを受動で表現するところと大いに関連しているという報告でした。報告を聞いていて、発表者は詳しく分析はしていませんでしたが、自動詞を受け身で表現してこの「サファリングパッシブ」を作る場合のことには前から関心がありました。「昨日雨に降られちゃってね」と言いますが、よく考えたら雨に加害意志は無いはずで、雨は無実なんですけどね。

発表
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■E.プレブジャブ(Erdene Purevjav)氏(モンゴル国立科学アカデミー言語文化研究所研究員)「モンゴル語のラテン文字使用」

 5番目の研究発表はモンゴル国立科学アカデミー言語文化研究所のE.プレブジャブ氏の「モンゴル語のラテン文字使用」でした。モンゴル語を表記する文字は歴史の中で数々の変遷を経験してきました。パクパ文字やいわゆる縦文字や現在のキリル文字などですが、コンピューター時代に入ってくると様々な問題が生じてきます。この発表では20世紀初頭から起こってきた文字論争を丹念に追いかけながら、去年2003年12月15日付けで決められて今年1月から公式に遵守されている「キリル文字をローマ字転写する際の国家規格」の原則について纏めた報告でした。

■バトジャルガル氏(駐日モンゴル国大使)による講演「モンゴルの砂漠化と日本の黄砂問題」

 

 今年は講演が二つありました。最初の講演は駐日モンゴル国大使のバトジャルガル氏による「モンゴルの砂漠化と日本の黄砂問題」と題する講演でした。バトジャルガル氏は大使になる前は本国の環境大臣をされていたのでこの問題は専門です。内モンゴルとの国境あたりに数カ所の保護区をおいて隣接する内モンゴルでの過放牧対策への考慮をしていることや、ゴビ地区の燃料としての木材使用の制限をソーラーシステムの普及支援という形で促進していることなどを報告されていました。

発表
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■チョイラルジャブ(却日勒扎布)氏による講演「新世紀をむかえたゲセル研究」

講演の二つ目は、内モンゴル大学モンゴル学学院教授のチョイラルジャブ(却日勒扎布)氏による講演「新世紀をむかえたゲセル研究」でした。彼はここ10年位の研究を様々な角度から総括しておられました。文献類が批判的校訂なしに安易に出版されてしまう事を憂い、体系的で厳密な校訂を経たものの必要性を説いていました。そしてチベットの「ケサル」研究とのリンクを力説しモンゴル学者によるチベット語の修得の必要性を説いておられたのでチベット学関係者としては大いに啓発を受けました。チベット学者もそのあたりを十分に認識する必要があります。

 さすがに「応用生物科学部」というだけあって発表の内容も農業や牧畜に関する研究発表が多くて、文学研究の発表に慣れている私にはものすごく新鮮でした。異なった分野の話しを聞くのは心が落ち着きます。