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52回西蔵学会報告

 

日本西蔵学会第52回学術大会が11月6日(土)に立正大学を会場として開催されました。立正大学は大型クレーンによる工事中でしかも学園祭中というすごい状態でしたが、関係者のご努力で見事に運営されて快適でした。

 ■コンピューター利用懇談会

 

 午前のコンピューター利用懇談会では福田先生の司会で先ず学会事務局の三宅さんから学会誌のデータ化に関する状況の報告と学会報投稿原稿のレイアウトのサポートに関すること、そして北京版大蔵経の題名著者訳者等のデータ検索等について説明がありました。続いて東北工業大学の小島さんによるチベット文字自動認識の研究の現状報告でした。今回の報告は研究者自身がこのプロジェクトをサポートするためにユーザーである研究者が辞書作りの負担をすることを可能にするシステムについてのご報告でした。「早くソフトを作って下さい。お願いします」と他人事のように言うだけではなくてチベット語を知っている者が大勢でサポートすれば開発はさらに早くなるはずなので至極当然。懇談会最後は星先生のところのオンライン共同研究室についての案内があって終了。私が一番関心のあったマックOS10.3でのチベット文字ラングエージキットに関しては現状ではまだ不具合が多くて公開出来ないとのこと、当分はクラシック環境で使わざるえないようです。

発表
風景

午後の研究報告は今年は多くて全部で8名でした。質議応答も十分あって活発な議論が展開していました。順を追って内容を要約してみます。

 ■中島小乃美(大谷大研修員)「『一切悪趣清浄儀軌』における護摩儀礼について」

 

 さて、研究発表ですが、先ず最初の発表は谷大研修員の中島小乃美さんの発表「『一切悪趣清浄儀軌』における護摩儀礼について--Buddhaguhya の註釈を中心に--」と題する発表でした。『一切悪趣清浄儀軌』はチベットでは葬式関係の儀式には頻繁に登場するタントラです。死者が悪趣に行かないようにという願いからそんなことになったのでしょう。現在、火葬にまつわる数々の儀礼の伝統がここらあたりに起源を持つのだということをあらためて知りました。鳥葬ばかり有名になっていますが、昔から高僧の葬儀は火葬が多かったのです。

発表
風景

■根本浩史(広島大大学院)「ツォンカパの『中論』註釈における三時不成の論理」

 次の発表は広島大大学院の根本浩史さんによる「ツォンカパの『中論』註釈における三時不成の論理」と題する発表でした。ツォンカパは彼以前の『中論』註釈者のひとりであるマチャ・チャンツォンの意見つまり「既に去ったもの」と「未だ去っていないもの」が直接対立の概念であることを根拠にして「現在」は無いというように論を展開することを批判しているそうです。ツォンカパによれば、そういう理由で無であるのではなくて、「現在」というのは本性として成立しないのであるという言い方をします。言説有としての現在はツォンカパは認めているのです。ここからは単に私の感想ですが、この現在(いま)の目の前の景色をながめて「ああ綺麗だな。生まれて来てよかったな」と片一方で思える哲学者でないと私は信用したくないです。

■人見牧生(大谷大大学院)「Kamalasila のニ諦説について」

 3番目の発表は大谷大大学院の人見牧生さんの「Kamalasila のニ諦説について」という題の発表でした。事前に配布されていた発表要旨ではチャパ作の"dBu ma shar gsum gyi stong thun" を扱った発表だということでものすごく期待を膨らませて行ったのですが、今回の発表ではその部分は見送りということでした。次回に期待します。今回はカマラシーラのニ諦説の特徴を纏めたものでした。いったいカマラシーラってどんな先生だったんでしょうね?自分が見ている目の前の机とかを例にとって学生達に分かりやすく説明してたんでしょうね。達人の話しというのはどんな難しい話題でも聞きやすいものですから。

■堀内俊郎(東京大大学院)「"世親作"の論書について --『頌義集(Gatharthasamgraha)』研究--」

 東京大大学院の堀内俊郎さんによる「"世親作"の論書について」という発表でした。発表題目にある文献はウダーナヴァルガなどから21の頌を集めた「ガーターサングラハ」の注釈書でどちらも世親の作と伝えられているものです。スキリング博士の研究では『倶舎論』の後、『釈軌論』の前の世親の作としているのですが、この発表では『釈軌論』での経典解釈方法とこの文献でのそれとの違いを検討した結果、これは世親の作じゃないのではないか、と推定しておられました。

■別所裕介(広島大大学院)「仏教は山に何をしたか?--アムド地方の聖山巡礼における仏教化の研究--」

 5番目の研究発表、広島大大学院の別所裕介さんの「仏教は山に何をしたか?--アムド地方の聖山巡礼における仏教化の研究--」は、アムド最大の聖山アニマチェンの巡礼記を素材にしながらその聖地構成について考えたものです。いままでは、聖山を仏教的世界観の枠内で捉えようとする傾向が多くあったのですが、そうではなくてケサル伝承や他の独自の神話体系の要素に注目することによって考え直そうというのが発表の主旨でした。発表聞きながら、一度行ってみたいなあ、と研究内容とぜんぜん関係ないことを考えてました。すみません。

■海老原志穂(東京外国語大大学院)「アムド・チベット語共和方言の音韻論--農区方言と牧区方言の比較研究」

 東京外国語大大学院の海老原志穂さんによる「アムド・チベット語共和方言の音韻論--農区方言と牧区方言の比較研究」と題する発表がおこなわれました。大変興味深い面白い発表でした。アムド地方の方言が農区方言(rong skad)と牧区方言('brog skad)が区別されることはよく知られていますが、標準的なチベット語文語との比較の中でそれらが分析されることはありませんでした。音素の対応関係を同源語の例の中で示して如何なる原因でそれらが起こってきたのかという推定の一端をお話しになっていました。私の個人的な意見ですが、アムドの人達と付き合いが増えてきて感じ始めた事は、アムド語は方言というよりはゾンカ(ブータン語)のような独立した言語のように考えたほうがよいように思ってきました。

■大岩昭之(東京理科大学)「チベット語の語彙によるチベット建築の考察(その1)」

 東京理科大学の大岩昭之さんによる「チベット語の語彙によるチベット建築の考察(その1)」という発表では、家・建物に関する語彙の分析を試みた研究です。壁に関して rtsig pa と gyang が、柱に関しては ka ba が、梁に関しては gdung ma、垂木は lcam(phyam)、屋根は thog がその語彙素として様々な表現が形作られるという発表でした。私としては聞いていて、さらにそれらの語彙素がどのような動詞から発しているのかという点が聞きたいなと思いました。

■川越英真(東北福祉大学)「パンタン目録について」

 

 研究発表最後は 川越英真先生による「パンタン目録について」と題する発表でした。昨年に北京の民族出版社から出版されたラサ博物館所蔵の写本の翻刻本をもとにローマナイズした資料を提示しながらデンカルマ目録との異同対比やプトン仏教史所収の目録との照合等実に興味深い発表でした。解決出来る問題は多々あると思います。多くの研究者によるそれぞれの分野からのアプローチがこれから出て来ることが予想されます。先ずはデンカルマ目録の成立年に関してどのような議論の進展があるのか知りたいものです。

発表風景

懇親会(突然石浜先生登場)

 

 懇親会ではそれまで発表会場では影も形もなかった石浜先生が会長の隣に(つまり何と一番上座に!)座っているではありませんか。何時来たんだ? 後で聞くと早稲田で上映された「チベットチベット」の映画解説講演で忙しかったんだとか。いっそのことそっちの会場からチュバ着たままで来て欲しかった。

発表風景