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ベイチンレポート

■第3回目を迎えた北京の中国蔵学研究中心主催の国際学会「2001年北京蔵学討論会」が中国蔵学研究中心と西蔵社会科学院の主催のもと、北京市朝陽区の同センターで7月25日から28日までの4日間に亘って開催されました。小野田がこの学会に発表参加するのは97年に開催された第2回に続いて2度目。以前来た時と比べて周りがどんどん都心化していくので驚いてしまいます。

北京の町並み
ホテル

■今回は前回来た時とは違って新しくホテル(西蔵大厦)【左写真】まで建っていました。北京の中心から車で15分程北東に行ったところにこの研究所はあります。空港行きの有料高速道路の入り口のところから北京の中心へ向かって北四環東路という主要道路があるのですが、その道路沿いにこのセンターがあり、道路の向かいつまり南側にこの北京西蔵大厦があります。

■小野田は旧交を(中央民族大学の王堯【ワンヤオ】教授【右写真】や羅秉芬【ルオビンファン】教授等の漢人の一流チベット学者達と再会出来たことは今回の最大の収穫の一つでした)暖める為と思って軽い気持ちで参加したのですが、プログラムをみてびっくり、なんと初日25日午前のトップ、主催者である中国蔵学研究中心綜幹事つまりセンター長のラクパプンツォク氏の歓迎の辞、そして元西蔵ラサ大学学長で現在は西蔵社会科学院院長のツェワンギュルメ−氏による基調報告に続いて綜合部会第一番目に研究発表させられたのです。現代チベット語辞書で有名なメルビンゴールドシュタイン博士も同じく綜合部会での発表でした。

王堯教授

■午后からは各部会に別れて研究発表と討論が行われました。部会は、社会・歴史1・歴史2・宗教・経済・文学芸術・言語学・チベット医学の8部会で構成されていました。小野田は文学芸術部門の司会役もあたっていた事もあり、すべての発表に顔を出すことは出来なかったのですが注目すべき発表の幾つかを以下紹介してみたいと思います。

大御所ジーンスミス博士は「リクジン・ガルギ・ワンチュクの宗教文化論」と題する発表を行ないました。リクジン・ガルギ・ワンチュクは18世紀末から19世紀初頭に活躍した人物で有名な『クンサンラマの教え』の作者です。彼の全書はニャロンの地に残存しており一般牧民の素朴な信仰の姿が反映している多くの作品が収載されていると博士は報告しています。カナダのレスリー河村教授は著明な仏教学者ですが、今回はミパム(1846-1912)の著述の中から三性説に関する部分を抽出して彼の中観派や瑜伽行派思想の理解が如何なるものかを探った研究でした。「明朝期スンチュカ地区におけるシャンパ家について」と題する発表をしたインディアナ大学のエリオットスペリング教授の語学力にはほとほと感心させられます。研究語学としての漢文やチベット古文の読解力に関して現在最高水準にあることは周知のことですが、博士の現代中国語や現代チベット語の会話能力にも舌を巻きます。まあ元々英語でもかなりの「お喋り」なのでこれもうなずけますが...。アメリカ国会図書館のスーザン・マンハイト女史の発表「アメリカ国会図書館所蔵のチョネ版カンギュル及びテンギュルについて」と題する発表は実に有益でした。普段からチョネ版のマイクロフィッシュを見る時に「なんでこんなに目録通りに行かないんだろう?」と思っていたのですが、この発表を聞いてよく分かりました。先ず、壬生先生のチョネ版の目録に多くの誤りがあること、次に当時(1926年夏頃)の中国の郵便事情によって長い間荷物が滞渋してその間に完全に順番が狂ってしまったことによるのです。つまりアメリカ国会図書館が整理した配列も間違っているのです。LCと壬生目録との異同対象表をスーザン・マンハイト女史はハンドアウトで配っておられたので、学術的に興味の有る人は連絡ください。

キティノフ博士

■小野田が最も注目した発表はモスクワから参加したバートル・キティノフ博士【左写真】の「1771年以降のカルムクにおけるチベット仏教の影響」と題する発表でした。カルムクの人々が持つ祖父の地モンゴルへの強烈な帰属意識に小野田は心を打たれ、キティノフ博士と学会期間中幾度も話し込んでしまいました。キティノフ博士が語ってくれた夢やカスピ海沿岸のカルムク共和国については項を改めて紹介したいと思います。


■学会の期間中、実にファンキーな人物数人にあったのですが、その中からとびきりのおじさんをご紹介しましよう。最近ツァツァの本『Tsha Tsha 擦擦、藏傅佛教模製泥佛像』と題する豪華本を出版した、画家でもある劉棟先生。彼のファッションセンスは抜群にファンキーです。壷とか皿の上に書画を描く専門家で結構有名な書家でもあるのです。

劉棟先生

■ぶったまげた存在感のあるラマはイタリア在住のカンチェンラマというラマです。どんな仏教を語るのかは知りませんが、とにかく印象は強烈です。発表しにきた訳でもなんでもなくてこれからチベットに行くんだとかいって会場に押し掛けて来たのですが、周りに取り巻きのイタリア人信者を引き連れてのし歩いていました。

カンチェンラマ

紫禁城

■北京に来た以上、ふらふらと取り憑かれたように足を運んでしまったのはやはり故宮です。紫禁城はやっぱり格好いい。思わず見蕩れてしまいます。主(あるじ)として住んでみたい、と思うのですが、無理でしょうからせめて清掃会社の担当者かなんかになって観光客がいなくなってから皇帝の椅子にちょっと一瞬だけ座ってみたいのですが、誰か紹介してくれませんかねえ?