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洛中楽話 2014年度

マンガ少年から美大生になり、今は『古事記』を研究しています。

佛教大学 歴史学部 歴史文化学科 教授

斎藤 英喜 先生(神話・伝承学)

2015年冬期(1,2,3月)掲載

絵画鑑賞という、一見普通に思える斎藤先生の趣味。しかしそのこだわりには、万人とはひと味ちがうものがある。経歴もかなりユニークだ。

好きな画家はフランスのギュスターブ・モロー。ルノアールやモネなど印象派の画家と同時代の人でありながら、画風はまったく異なる。「印象派が目に見える事物を描いたのに対して、モローたち象徴主義の画家は神話などを題材として、目には見えないことを描きました。物語を自分なりに解釈し、心のなかに思い浮べた世界を描こうとしたんです。それも古典的な絵画にはない技法で」。いちばんのお気に入りは『踊るサロメ』という水彩画。『旧約聖書』のエピソードをモチーフに求めながら、オリエンタルな雰囲気を漂わせているところなどに魅力を感じるという。

この絵が好きな理由はもうひとつ、それはアメノウズメに通じる“何か”を感じること。「アメノウズメは天岩戸に隠れたアマテラスを、陽気に踊っておびき出した日本神話の神で『古事記』などに登場します。王の前で奔放に踊るサロメの姿を見るたび、なぜかそこにアメノウズメの姿が重なるんです。そんなのは僕だけでしょうが(笑い)」。

専門は『古事記』を中心とした日本神話の研究。象徴主義の絵に惹かれるのはやはり、神話がモチーフの作品が多いからという。先生自身も、かつて古典文学を題材に絵を描いていた。「実は二つの大学を卒業しているんです。はじめに日本大学の芸術学部で、『源氏物語絵巻』を油絵で描いたりしていました。絵の世界観を深めるためいろんな古典文学に触れるうちに『古事記』に傾倒し、その権威とされる先生がいた法政大学の文学部に編入したんです。それからはほとんど描いていません。講義中、話しの補足として黒板に落書きみたいな絵を描くぐらいです」。

ギュスターブ・モローやラファエル前派の画家たちの画集。絶版となり、現在では入手困難な貴重本も多く所有している。

左が青木繁の絵を掲載した著書。『古事記』がいかに読まれてきたかを解き明かした本書は、2012年に「古事記出版大賞 稗田阿礼賞」を受賞。

振り返ると、影響を受けたと思う人物がいる。その人は白土三平。1960年代に大学生や文化人から強い支持を受け、今も現役の漫画家だ。「そもそもマンガ少年で、中学生のころに『カムイ伝』という劇画にはまりました。江戸時代が舞台の壮大な物語で、その内容を一言では語り尽くすことができません。作品のバックボーンとなる、歴史や地域性を丹念に調べるという姿勢にも影響を受けましたね。それは現在の研究に欠かすことのできない、フィールドワーク(現地調査)につながっています。これは余談ですが、中学生のときに平将門の足跡を調べてマンガにしたことがあるんです。発表はしませんでしたが」。

話し戻って、先生が象徴主義とともに好きなのがラファエル前派。これは19世紀のイギリスで起こり、象徴主義と同じく、神話などをモチーフとして古典的な絵画にはない技法を追究した運動。その流れを汲む明治時代の日本人画家に、青木繁がいる。

代表作の「海の幸」で広く知られる青木繁は『古事記』を題材とした絵を多く残し、2年前に、その作品をめぐって感激する出来事があった。「『古事記』がどのように受け入れられてきたかについて書いた本に、青木とラファエル前派のロセッティの作品を載せることができたんです。有名画家の絵なので“使用料は高いだろうな”と思っていたら、意外とそうでなくてラッキーでした。ともあれ研究の集大成に、大好きな絵を二つも載せることができて最高にうれしかったですね」。

学会などで海外に出張すると、時間が許せば美術館に行く。最近ではイギリスのテート・ギャラリーを訪れた。「ラファエル前派の作品を豊富に収蔵しているところなのに、めぼしいものが見当たらない。というのも有名作品の大半が日本の展覧会に貸し出されていたんです(笑い)」。いつか必ず行きたいのがパリにあるモローの美術館。「『踊るサロメ』を実物で見たい。画集ではどうしても細かい部分を確認できないんです。この美術館は彼の邸宅跡なので、それだけでも行く価値があります」。

Profile

Profile

斎藤 英喜 (さいとう・ひでき)

1955年東京都生まれ。1981年法政大学文学部卒業。1990年日本大学大学院文学研究科博士課程満期退学。2000年に仏教大学に赴任し2004年より現職。『アマテラス 最高神の知られざる秘史』(学研新書、2011)、『古事記 不思議な1300年史』(新人物往来社、2012)など著書多数。