ここから本文です

洛中楽話 2014年度

“趣味”と“実益”を兼ねて、山に登り続けています。

佛教大学 歴史学部 歴史文化学科 教授

八木 透 先生(民俗学)

2014年秋期(10,11,12月)掲載

山登りが好きで、これまでに生まれ育った京都をはじめ、日本各地、さらには海外の山々を歩いてきた八木先生。エネルギッシュな趣味は、研究と紙一重だという。

初めての山登りは小学生のとき。以来、父親に連れられてあちこちの山を歩き、中学と高校では山岳部に入った。「ほかの中学が六甲山や比良山で合宿をしているのに、私たちは北アルプスで訓練をしていました。高校時代の合宿もとてもハードで、冬山で長期の縦走をしたこともあります。そもそも京都の公立高校は伝統的に山登りが盛んで、当時は学校ごとに山小屋を所有していたほどです」。

20代から30代にかけては社会人山岳会に所属し、いろいろな山に登ってきた八木先生がいまもよく行くのが愛宕山。京都市と亀岡市にまたがる標高924メートルの山だ。「今年はもう4回登りました。もっとも山歩きのつもりで来たのに、気がつくとフィールドワークをしていることもしばしばです」。

「フィールドワーク」とは、簡単にいうと現地調査・研究のこと。これは先生の専門である民俗学、つまり古くから伝わる慣わしなどを通して、人々の暮らしを読み解く学問に欠かせない手法という。「愛宕山をはじめ日本の山は信仰対象とされ、山中に寺社を有することが多くあります。私の場合、たとえば、そこにどんな行事が受け継がれているのかについて調べるわけです。文献や写真では分からないことも、現地に行って自分の眼で確かめると分かるときがあります。まさに『百聞は一見に如かず』ですが、山中の寺社や村里を訪ねるには山に登り、山道を歩くしかありません。私にとって山登りは趣味といいながらも、仕事であるフィールドワークと紙一重なんです」。

最近の山行で印象に残っているのは、昨年登った早池峰山(はやちねさん)。岩手県の中央部にそびえる北上山地の最高峰で、標高は1,917メートル。「毎年6月、山開きの日に山頂の奥宮に奉納される早池峰神楽を調査しました。中世からの歴史を持つ神楽は修験道の流れを汲む勇壮なもので、一度は実際に見てみたかったんです」。一緒に登りながら神楽を受け継ぐ人たちの話しを聞き、その迫力を実感しながら舞いの詳細を映像に記録する。どちらも現地に足を運ばなければ得られない成果だ。

目指す山は日本国内だけにとどまらない。これまでにいくつかの国の山を歩き、そこにはどのような暮らしがあるのかを調べてきた。「ヒマラヤのアンナプルナ山麓では、ネパールの山岳民族と、ヒマラヤを越えてきたチベット系の人々が混住する村を訪ねました。そのとき、子どもたちのために鉛筆や消しゴムをたくさん持っていき、たいへん喜ばれたことをよく憶えています。いまから10数年前の話しですが、我々が思っている以上にモノが不足していることを改めて知らされました」。

獅子舞を思わせる早池峰神楽。国の重要無形民俗文化財第一号であり、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている

早池峰山山頂近くの雪渓にて

月に一度は山に登るようにしている八木先生だが、40代で腰を痛めたこともあり、しばらく山から遠ざかっていた時期がある。再び登ろうと決めたきっかけは、ある“誘惑”だったそう。「5年前の冬、山登りの後に忘年会をやろうと友人に誘われ、後のほうが楽しみで登ることにしました。山登りをするとお腹が空きますし、ビールもとても美味しいんですよ(笑い)」。

再チャレンジに少し不安を感じていたが、いざ山に入ると足の踏み出し方や呼吸法などをすぐに思い出したという。「むかし取った杵柄でしょうか、身体がしっかり憶えていました。岩登りも最初はちょっと怖かったのですが、岩に触れると手足が以前の感覚を取り戻しました。不思議なものですね」。

最後に山登りのいちばんの魅力と、今後の目標を語ってもらった。「汗を流してしんどい思いをしたからこそ、味わうことができる達成感と満足感でしょうか。これからもできる限り長く山登りができるように、身体を鍛えておきたいと思います。そして、私にとってそれは仕事でもあるので、登ることはもちろん、山を歩くことへのこだわりをずっと持ち続けていたいですね」。

Profile

Profile

八木 透 (やぎ・とおる)

1955年京都市生まれ。1978年同志社大学文学部卒業、1984年佛教大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2000年から現職。『京都愛宕山と火伏せの祈り』(昭和堂、2006)、『男と女の民俗誌』(吉川弘文館、2008)など著書多数。