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洛中楽話 2012年度

“あまのじゃく”な私のお気に入りは、日々の研究に欠かせない仕事道具です。

佛教大学 副学長

清水 稔 先生

2012年夏期(7,8,9月)掲載

散策をしていて花壇や畑を見つけると、 花や作物だけでなく土にも目がいく。 その土を掌ですくい、 握ることで性質を確かめることもある。 清水先生のこだわりは、 土そのものにあるという。

 土に関心を抱いたきっかけは、自分で畑を耕しはじめた こと。 20年ほど前に、それまで住んでいた大津から郷里の 岐阜に戻った。 新しい住まいは、岐阜大学に隣接する郊外 の田園地帯にある。 敷地に連なる土地はもともとは田んぼ だったところで、ならばと野菜作りを思い立った。 ところ が、田んぼには水を吸収しない粘土質の土壌を含み、それ は野菜作りに適さない。「 近所の農家の方に、畑にするなら とにかく土を耕して土をつくれと言われ、それからは暇を 見つけては鋤で地面を掘り返して土の性質を少しずつ変 えていきました」。 同時に、野菜作りにより適した土の条件 も教えてもらった。「 グッと握ると固まって、でも掌を開く とパラパラと落ちるのが良い土です。 そういった土は土粒 という大小さまざまな粒子からなっているのですが、それ は落ち葉やたい肥などの有機物を混ぜることで作ること ができるんです」。 土中の微生物によって分解された有機 物が、土を大小の粒子にする。 粒子になることで、それぞれ の間にすき間が生まれて排水性や通気性が良くなり、野菜 作りにより適した土になるそうだ。 通気性が大切なのは、 野菜は根からも酸素を取り込んでいるためだ。

精魂込めて耕した畑は150坪ほどの広さで、そこでタマネ ギ、ジャガイモ、キュウリ、キャベツ、ホウレン草、カリフラ ワーなどを育てはじめた。 収穫物は家族で食するほか、近 所の人や学生におすそ分けしている。「 スーパーで売られ ているものより色が鮮やかでなかったり、葉が小さかった り、いびつな形だったりしますが、それは化学肥料に頼らず、 土の力で育てているからです。 食べ物は人の命の根源とな るものですからね。 近所の方からは、『 いい作品ですね』と とても評判がいいんですよ」。

ところで、野菜は連作(同じ場所で同じ種類のものを毎 年連続して栽培すること)をすると、生育が悪くなったり、 枯れたりすることがある。 それを避けるために畑を四区分 し、連作をしないように植えたものやその時期を記録につ けている。 そして冬場、土作りのために畑に落ち葉でつく った腐養土やたい肥をまき、寒空の下、鋤で土を耕してい るうちに、あることを身をもって知ったという。「 私の専門 は近代中国の民衆運動です。 農民の闘いは、地主に『小作料 を下げろ』という要求を突きつけることが多かったのです が、その背後には彼らが生活資源として農作物や天候や土壌などとさまざまな苦闘を続けてきた姿が浮びあがった。 自ら土や天気と格闘しながら野菜を育てることで、民衆の 作物や土や水に対する思いや理解に根ざした新たな視点 が生まれ、研究への関心もいっそう深まりました」。

岐阜の元生家は、金華山が目前に迫り、近くに清流長良 川の流れる古い町並みのなかにある。 子どもの頃に既に築 100年を超えていた古い商家で、土間はたたき(三和土)で 壁は土でできていた。 その感触はとても温かだったという。 また、夏の暑い日でも坪庭に水をまけば、涼しい風が土の 香りや緑の匂いをのせて吹いてきた。 遊び場だった長良川 の堤防は石と土が組みあわされてできていたもので、そこ には草花が生い茂り、さまざまな虫やカエルが棲み、ひと つの生態系がかたちづくられていた。「 今思えば、幼い頃か ら土に自然に親しんでいました。 もしかしたら昔の記憶が、 私をふたたび土に結びつけたのかもしれないですね」。

大学での仕事が忙しく、京都で仮住まいをしていること もあり、残念ながらこの数年は畑仕事に専念できていない。 「こればかりは仕方な いですね(笑い)。 今 はまだムリですが、い つかは土と触れあい、 野菜作りをしながら 1年を過ごす、そんな 暮らしができればと 思っています」。

Profile

Profile

清水 稔(しみず・みのる)

歴史学部歴史学科教授。 名古屋大学大学院文学研究科東洋史学専攻修了。 名古屋大学を経て1977年に佛教大学に赴任。 2001~06年および2009年より副学長を務めている。