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洛中楽話 2008年度

田中 典彦先生
「今」と草花に心通わせ

佛教大学副学長 文学部人文学科教授

田中 典彦 先生

2008年夏期(7,8,9月)掲載

「こだわりを持たないのがこだわり、頓着(とんちゃく)しないですよ」と柔和な笑顔を見せながら、いきなり禅問答(?)のように切り出された。「こだわりは煩悩ですよ」とも。さすがインド思想を教授されている田中典彦先生。だが、大学での副学長としての要職や難しい講義から解放されれば一転、子ども時分から培われた「草花」の育成に心血を注ぐ意外な一面をのぞかせる。「草花からね、教えられることは仏教にも通じるところが多いんですよ」と、研究室の窓際に置かれた観葉植物の生育ぶりに目を細める田中先生だ。

小さいころから父親の影響で植物や昆虫に魅せられた。「親父は貝塚市内の寺の住職で、庭にはちょっとした温室もあり、植物や昆虫採集、標本を作るのが好きでしたね。そんな父親から子どものころはしょっちゅう、花の植え替えや水や肥料をやるのを手伝わされました。それが三つ子の魂何とかで、体に染みついたんでしょうね。大人になっても子どものころのそんな体験が生きているわけですよ」。長じてそれが仏教にも通じていると悟る。

ランやハイビスカス、サクラ、ハス、ときに月下美人なども育てる。温度や湿度管理、世話を手抜きしてランなどを一冬で全滅させた苦い経験もある。「植物を育てるのはとどのつまり人間と同じで、心を通わせないといけないですね。放っておいても咲く花はある。だけど、育てている花に向かって“水が欲しいか”“食事(肥料)は十分か”“寒くはないか”と語りかけながら愛情を注いでやると、同じ花でも他よりきれいに見える。ここに心を通わせた分だけやりがい、育てがいがありますね。ちゃんとそれに応えてくれますからね」。遊びでもそれは同じ。例えばゴルフ。クラブに話しかけ、ボールに心を通わせる。だから楽しい。学生たちにも「遊び一つにしてもちゃらんぽらんでなく、心を込めよ」と口酸っぱく説いている。

貝塚市の浄土宗・孝恩寺、通称「釘無堂」と呼ばれるお寺の住職も兼ねる。「縁」「結い」という、人と人とのつながり、かかわりのなかで生きていき、己を磨いていくことを大切にする。「仏教の哲学なんですが、僕はそうしたことを草花に心を通わせることからも学び、教えてもらった。いい加減にすると相手は正直なもので、とたんに元気がなくなる。誠意を尽くせば、それは必ず喜びとして返ってくる」。

ハイビスカスの成長に目を細める田中先生

自宅の温室でハイビスカスの成長に目を細める田中先生

「“今”に心を!」を座右の銘にする。「“今”の下に“心”を置けば“念”でしょう。念を入れて生きていくということです。この言葉には草花が好きなだけに救われるんですよ」と田中先生。今春から副学長の職にも就き、土と戯れ、草花と向き合う時間もめっきり少なくなったという。京都で寝泊まりすることが多くなったからだ。気になる自宅の植物たちは「家族に管理を頼むことが多くなった」と苦笑する。でも「自宅に帰り、家族や草花に囲まれ、周囲の自然の中にいると心底癒やされ、疲労感も吹き飛びますよ」と。

Profile

Profile

佛教大学副学長 文学部人文学科教授
田中 典彦(たなか のりひこ)

大阪府貝塚市出身。
大阪教育大学卒業。
佛教大学大学院研究科博士課程満期退学。
インド哲学、仏教学。日本仏教学会、日本印度学仏教学会所属。
論文に「ヴァイシェーシカに見る世界の帰滅と創造」など。
国宝建築で知られる釘無堂(孝恩寺)住職。