大学紹介

2017年4月

学問こそは最上の財宝なり 価しれず  尽きもせず 奪われることなきゆえに

ナーラーヤナ『ヒトーパデーシャ』

解説 / 仏教学部教授  藤堂 俊英

学問をするには、傾聴して学ぶ謙虚な受動性と、そこから生まれてくる積極的に問う能動性という二つの歯車が不可欠です。その歯車をしっかりと噛み合わせるところから、人真似ではない創造的な知が生まれます。「創」には「創造」のように「はじめる」という意味もあれば、「創傷」のように「傷つく」という意味もあります。未知の世界を切り開く場面を想起すれば、この二つの意味の併存は理解できます。
学問をすることは、過去と現在の叡智に体当たりをし、悩み、時には傷つく、そういう場に自分を置くことです。しかしそのチャレンジの場は、未知の世界を切り開く創造の最先端ともなります。そこで体験したことは血肉となって、私たちを生涯にわたって支え続ける得難い財となります。学問は自分を湿ったマッチ棒の状態に据え置かない、個性の光を輝かせる財を創り出す場でもあるのです。

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佛教大学宗教教育センター
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